とともに鉄索が通じている。その方面の山はことごとく伐り払われて、今不動沢が正に伐木の最中である。下りはかなり急であった。九時五十分不動沢着。沢の両岸には半永久的の小屋が散在している。小屋の前で働いていた老人にまた皇海のことを聞いてみた。その話によると、皇海山の西の鞍部から頂上へかけて切明けがある。そして平滝からその鞍部への道と通じているから其処《そこ》へ出て登れば楽である。まだ登っては見ぬが頂上には剣が奉納してあると聞いたと教えてくれた。地図と対照して実際の地形を視《み》ると、皇海山の西方から発源する不動沢の左股を遡《さかのぼ》るのが楽でもあり、かつ都合もよいように思われるので、それを登ることとして沢を渡り、道に沿うて最奥の小屋まで行き右に折れて林中を進むと左から来るかなりの沢に出た。十時半である。右下にもかなりの沢が流れている。それは右股でこれが左股に相違ないと断定して、十分ばかり休んでから沢を登り初めた。割合に歩きよい沢だ、十分も進むと河床は、縦横に裂目が入って柱状を呈している玄武岩らしき一枚岩となって、その上を水が瀉下するさまがやや奇観であった。十時五十五分、左から沢が来た。十一時二十分、また左から小さな沢が合した。振り返ると谷の空に遠く金字形の峰頭が浮んでいる。何山であるかその時は判然しなかったが、四阿山《あずまやさん》の頂上であることを後に知った。暫くして二丈ばかりの瀑があり、右から小沢が合している。瀑の左側をからみ、苦もなくこれを越えるとまた三丈ばかりの滝があった。それを上って一町も行くと、また左に一沢を分っている。其処から三町程度進むと流は尽きそうになって、ちょろちょろ水が岩間に湛えているに過ぎない。そこで昼飯にした。谷の眺望が少し開けて、雁坂から金峰に至る秩父山塊、浅間山、その前に矢筈山、その右に四阿山などが見えた。空が急に曇って西北の風が強く吹き出したと思うと、霰が降り間もなく雪がちらついてきた。動かずにいると手足がかじかむ程寒い。幸に雪は幾程もなく霽《は》れた。
 水のない谷はいつの間にか山ひらに変っていた。下生えがないので歩きよい。黒木の林中は秩父あたりとよく似ている。しかし尾根の頂上近くには大分倒木があった。その中を潜り抜けて皇海山西方の鞍部に辿り着いたのが午後十二時四十分である。眼を上げると奥白根の雪に輝くドームが正面に聳え、左に錫と笠の二
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