理きいてくれないか?
久能はそういいながら青江から圧迫を感じた。青江が本当に久能の自殺する気になっていないのを察し切って、あわて出さずにいるらしい、彼女があわて出さずにいれば、自分の方が先にあわて出すだろうと思うと、久能はもう観念の眼を閉じて、青江に負けていてはもう切りのない悲惨だ。本当に自殺しようとあやしい決意にゆすぶられ不安になって来た。それは丁度青江のなかにとびこんでいく前の不安と同じな怖しく、蕩かすような誘惑だった。
久能と青江は街に出てキネマを見に這入った。久能は無感覚に画面をみつめ、青江の手を握っていた。楽しいようでもあった。そして、死というものはこんなに安易な、まやかしなものなのだろうか? と考えていた。青江にも変った風はなく、ときどき花粉にまみれたように化粧した顔をふりむけて久能に笑いかけ、指に力をこめた。しかし青江の奴、いつ逃げ出すかしれない。そうしたら自分はどう感ずるだろう、ホッとするか、失望するか、考えまわし、ガスの充満した部屋を描き、無様に死んでいる二人を他人の様に想像していた。
久能が本当に死にかかったのはその初夏だった。職を求めるために無理をして、よい経過をとらなかったので、久能はその頃、治療費に窮して、三ツ木に紹介された医学生から薬をもらっていると、その不注意で余り薬が劇しすぎたため、排尿が困難になり、文字通り部屋中七転八倒して苦しんでいると、膀胱が破裂し、危篤に陥入った。久能は勿論、死を覚悟していた。若い精神の本能的な不透明さが遂に此処まで来たのを知って、すべてを何か知らぬが、大きなものの手に委ねつくして、あわてたり、わめいたりしようとしなかった。勿論、久能にしても、これからまだまだなし遂げたい仕事もあり、老母も気がかりであったが、今になっては戦い疲れていて、自分の死を比較的冷やかに待っていた。病室には三ツ木が蒼白になって付きそっていた。彼はどういう縁故からか、ある銀行に入りこみ、算盤も出来ないのでそこでは接待掛をやり、一朝、事ある時の警衛の役目も持ち、普断は箒をかかえて掃除役をしているのであったが、久能のいる病院に駈けつけて来て、彼の黒ずんで、全く弾力のない顔をみると、大変なことになったなあ、俺があんな男を紹介しなかったら、ちぇっと叫び、おい、久能、しっかりしてくれ、絶望じゃないぞ、手術の結果がいいそうだからと少しも答えない
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