了いたいと記された、青江のように文章の拙ない訴えには、奇妙な切実さがしみ出ていて久能の心を打たずにいなかった。併しこの手紙を出さなかった裡には何か青江の良心に影があるのだと復疑い久能が手紙を束ねかけるとばらばらと四、五枚の便箋が落ちたので、取りあげてみると、金線で縁どった立派なもので××ホテルのしるしがあった。久能は何の気もなく、凝ったものだなと思っただけで、そのままトランクに投げ込み、それから、帽子の函や、茶箪笥の抽出しや、雑誌の間や、下駄箱まで血眼にひっかきまわし、万一青江の不純を裏書きするようなものが出て来たらという怖ろしさに止めよう、止めようと制しながら、うつろな眼をすえ、顫える手で、夜具までも引き出して調べずにいられなかった。もう手をつけるものがなくなり、火鉢の傍に帰ってうずくまると息がふうふうと切れ、何一つ青江を責めるもののないのに却って不安になり、どうしても青江に真実をいわさずには置かない決心が久能を慄え出させていた。
すると漸く青江が帰って来た。随分待って? きっと今夜はお出でと思ってこれでも急いで帰って来たのよ、お土産もあるわと青江がうれしげに寄って来ても、久能は振向かず、眉をひきつり、ぷっぷっと煙草のけむりを吐いていた。どうかなさって? と心配する青江の腕を肩から振り落し、むき直って冷淡に、今日はお別れに来たのだ、というと青江は、え※[#疑問符感嘆符、1−8−77] どこかへお出かけになるの、と膝を進めるので、久能は、ここへ来るのをこれきりにしようと思って来た、と答えると、青江は、信用しなくなり、おどかさないでよ、と魅惑的に笑い、狭い台所に降りて夕食の仕度を始めた。久能は自分の思う壺に落ちて来ない青江を持て余しながら、どうすれば彼女の鉄の様な唇を開くことが出来るだろうと考えていた。併し向い合って箸を取り出すと決心も、疑も弛み、青江の楽しげな笑いにまき込まれそうになった。こうしていると本当の夫婦の様ね、いいや本当の夫婦なんだわ、と青江が擽るような眼差をすると、久能は他人がみたらそう思うだろうさ、併し本人達のみじめさはどうだ、敵と一緒にいるというのは此の事だ、と苦笑したが、でもうれしいわ、と青江は食器を片づけ出すのだった。その時、青江の艶やかさが痛む程久能の眼にしみて、ああ俺は完全に青江の奴隷になりかけているな、あの時分は追いかけられていたのだが、
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