ろい》の下から、ほんのり赤い色がさす様子など、いかにも美しくッて、可愛らしくッて、僕の十四、五年以前のことを思い出さしめた。
僕は十四、五年以前に、現在の妻を貰ったのだ。僕よりも少し年上だけに、不断はしッかりしたところのある女だが、結婚の席へ出た時の妻を思えば、一、二杯の祝盃《しゅくはい》に顔が赤くなって、その場にいたたまらなくなったほどの可愛らしい花嫁であった。僕は、今、目の前にその昔の妻のおもかげを見ていた。
そのうちにランプがついたのに気がつかなかった。
「先生はひどく考え込んでいらッしゃるの、ね」と、お袋の言葉に僕は楽しい夢を破られたような気がした。
「大分酔ったんです」と、僕はからだを横に投げた。
「きイちゃん」と、お袋は娘に目くばせをした。
「しッかりなさいよ、先生」吉弥は立って来て、僕に酌をした。かの女は僕を、もう、手のうちにまるめていると思っていたのか、ただ気まま勝手に箸《はし》を取っていて、お酌はお袋にほとんどまかしッきりであったのだ。
「きイちゃん、お弾きよ――先生、少し陽気に行きましょうじゃアございませんか?」
吉弥のじゃんじゃんが初まった。僕は聴きたくないので、
「まア、お待ち」と、それを制し、「まだお前の踊りを見たことがないんだから、おッ母さんに弾いてもらって、一つ僕に見せてもらおう」
「しばらく踊らないんですもの」と、吉弥は、僕を見て、膝に三味をのせたままでからだを横にひねった。
「………」僕は年の行かない娘が踊りのお稽古《けいこ》の行きや帰りにだだをこねる時のようすを連想しながら、
「おぼえている物をやったらいいじゃないか?」
「だッて」と、またからだを振ると同時に、左の手を天心《てんじん》の方に行かせて、しばらく言葉を切ったが、――「こんな大きななりじゃア踊れない、わ」
「お酌のつもりになって、さ」とは、僕が、かの女のますます無邪気な様子に引き入れられて、思わず出した言葉だ。
「そういう注文は困る、わ」吉弥は訴えるようにお袋をながめた。
「じゃア」と、お袋は娘と僕とを半々に見て、「私に弾けなくッても困るから、やさしい物を一つやってごらん。――『わが物』がいい、傘《かさ》を持ってることにして、さ」三味線を娘から受け取って、調子を締めた。
「まるで子供のようだ、わ」吉弥ははにかんで立ち上り、身構えをした。
お袋の糸はなかなかしッか
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