の時ア私がどうともして拵《こさ》えますから、御安心なさい」と附け加えた。
僕はなるようになれという気であったのだ。
お袋は、それから、なお世間話を初める、その間々にも、僕をおだてる言葉を絶たないと同時に、自分の自慢話しがあり、金はたまらないが身に絹物をはなさないとか、作者の誰れ彼れ(その芝居ものと僕が同一に見られるのをすこぶる遺憾に思ったが)はちょくちょく遊びに来るとか、商売がらでもあるが国府津を初め、日光、静岡、前橋などへも旅行したことがあるとかしゃべった。そのうち解けたような、また一物《いちもつ》あるような腹がまえと、しゃべるたびごとに歪《ゆが》む口つきとが、僕にはどうも気になって、吉弥はあんな母親の拵《こさ》えた子かと、またまた厭気がさした。
一二
もう、ゆう飯時だからと思って、僕は家を出《い》で、井筒屋のかど口からちょっと吉弥の両親に声をかけておいて、一足さきへうなぎ屋へ行った。うなぎ屋は筋向うで、時々行ったこともあるし、またそこのかみさんがお世辞者だから、僕は遠慮しなかった。
「おかみさん」と、はいって行って、「きょうはお客が二人あるから、ね」
「あの、先刻、吉弥さんからそれは承っております」と、おかみさんは襷《たすき》の一方をはずした。
「もう、通知してあるのか? 気の早い奴だ、なア」と、僕は二階へあがりかけた。
おかみさんは、どうしたのか、あわてて僕を呼び止め、いつもと違った下座敷へ案内して、
「しばらくお待ちなさって――二階がすぐ明きますから」
「お客さんか、ね」と、僕は何気なくそこへ落ちついた。
かみさんが出て行った跡で、ふと気がつくと、二階に吉弥の声がしている。芸者が料理屋へ呼ばれているのは別に不思議はないのだが、実は吉弥の自白によると、ここのかみさんがひそかに取り持って、吉弥とかの小銀行の田島とを近ごろ接近させていたのだ。田島はこれがためにこの家に大分借金が出来たし、また他の方面でも負財のために頸《くび》がまわらなくなっている。僕が吉弥をなじると、
「お金こそ使わしてはやるが」と、かの女は答えた。「田島さんとほかの関係はない。考えて見ても分るだろうじゃアないか、奥さんになってくれいッて、もしなって国府津にいたら、あッちからもこッちからもあたいを闇打《やみう》ちにする人が出て来るかも知れやアしない、わ」
「お前はそう方々に
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