はじめて家を持った時、などは、井筒屋のお貞(その時は、まだお貞の亭主《ていしゅ》が生きていて、それが井筒屋の主人であった)の思いやりで、台どころ道具などを初め、所帯を持つに必要な物はほとんどすべて揃《そろ》えてもらい、飯の炊《た》き方まで手を取らないまでにして世話してもらったのであるが、月日の経《た》つに従い、この新夫婦はその恩義を忘れたかのように疎《うと》くなった。お貞は、今に至るまでも、このことを言い出しては、軽蔑《けいべつ》と悪口との種にしているが、この一、二年来不景気の店へ近ごろ最もしげしげ来るお客は青木であったから、陰で悪く言うものの、面と向っては、進まないながらも、十分のお世辞をふり撤《ま》いていた。
青木は井筒屋の米櫃《こめびつ》でもあったし、また吉弥の旦那をもって得々としていたのである。しかしその実、苦しい工面をしていたということは、僕が当地へ初めて着した時尋ねて行った寺の住職から聴くことが出来た。
住職のことはこの話にそう編み込む必要がないが、とにかく、かれは僕の室へよく遊びに来た、僕もよく遊びに行った。酔って来ると、随分面白い坊主で、いろんなことをしゃべり出す。それとなく、吉弥の評判を聴くと、色が黒いので、土地の人はかの女を「おからす芸者」ということを僕に言って聴かせたことがある。これを聴かされた日、僕は、帰って来てから吉弥にもっと顔をみがくように忠告した。かの女の黒いのはむしろ無精《ぶしょう》だからであると僕には思われた。
「磨《みが》いて見せるほどあたいが打ち込む男は、この国府津にゃアいないよ」とは、かの女がその時の返事であった。
住職の知り合いで、ある小銀行の役員をつとめている田島というものも、また、吉弥に熱くなっていることは、住職から聴いて知っていたが、この方に対しては別に心配するほどのこともないと見たから、僕も眼中に置かなかった。吉弥を通じて僕に会いたいということづてもあったが、僕は面倒だと思ってはねつけておいた。かつどうも当地にとどまる女ではないし、また帰ったら女優になると言っているから、女房にしようなどいう野心を起して、つまらない金は使わない方がよかろうと、かれに忠告してやれと僕は住職に勧めたことがある。一方にはそんなしおらしいことを言って、また一方では偽筆を書く、僕のその時の矛盾は――あとから見れば――はなはだしいもので、も
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