。
「どこへ行くんだ?」
「散歩だ」
「遠いところまで来たもんだ、な」
「なアに、意味もなく来たんだ」
「どッかで飲もう」ということになり、つれ立って、奥の常磐《ときわ》へあがった。
友人もうすうす聴いていたのか、そこで夏中の事件を問い糺《ただ》すので、僕はある程度まで実際のところを述べた。それから、吉原へ行こうという友人の発議に、僕もむしゃくしゃ腹を癒《いや》すにはよかろうと思って、賛成し、二人はその道を北に向って車で駆けらした。
翌朝になって、僕も金がなければ、友人もわずかしか持っていない。止むを得ず、僕がいのこって、友人が当てのあるところへ行って取って来た。
「滑稽《こっけい》だ、ねえ?」
「実に滑稽だ」
二人は目を見合わせて吹き出した。大門《おおもん》を出てから、ある安料埋店で朝酒を飲み、それから向島《むこうじま》の百花園へ行こうということに定まったが、僕は千束町へ寄って見たくなったので、まず、その方へまわることにした。
僕は友人を連れて復讐に出かけるような意気込みになった。もっとも、酒の勢いが助けたのだ。
朝の八時近くであったから、まだ菊子のお袋もいた。
「先生、済まない御無沙汰をしていまして――一度あがるつもりですが」と、挨拶をするお袋の言葉などには、僕はもう頓着しなかった。
「菊ちゃんの病気はどうです?」僕は敵の本陣に切り込んだつもりだ。
「あの通り、だんだん悪くなって来まして、ねえ」と、お袋は実際心配そうな様子で「入院しなけりゃア直らないそうですが、それにゃア毎月小百円はいりますから――」
「野沢さんに出しておもらいなさい、な」と、僕は菊子に冷かし笑いを向けた。
「そううまくも行きません、わ」かの女も笑って眼鏡を片手で押さえた。
その様子が可哀そうにもならないではないが、僕は友人とともに、出て来た菓子を喰いながら、誇りがおに、昨夜から今朝にかけての滑稽の居残り事件をうち明けた。礼を踏まない渡瀬一家のことは、もう、忘れているということをそれとなく知らせたかったのだ。すると、お袋が、それを悟ったか、悟らなかったか、
「もう、先生、居残りは困ります、ねえ。私どもも国府津で困りましたよ。先生はいらッしゃらない、奥さんはお帰りになった、これと私とでどんなにやきもきしたか知れやアしません、わ」
「しかし、まア、無事に済んだから結構です」と、僕はあくま
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