、でッぷり太った四十前後の女とが、酒をすませて、御飯を喰っている。禿げあたまは長火鉢の向うに坐って、旦那《だんな》ぶっているのを見ると、例の野沢らしい。
 僕はその室にあがって、誰れにもとつかず一礼すると、女の方は丁寧に挨拶したが、男の方は気がついたのか、つかないのか、飯にかこつけて僕を見ないようにしている。
 吉弥はその男と火鉢をさし挟《はさ》んで相対し、それも、何だか調子抜けのした様子。
「まア、御飯をお済ましなさい」こう、僕が所在なさに勧めると、
「もう、すんだの」と、吉弥はにッこりした。
「おッ母さんは?」
「赤坂へ行って、いないの」
「いつ帰りました?」
「きのう」
「僕の革鞄を持って来てくれたか、ね?」これはわざと聴いたのだ。
「あすこにある、わ」と、指さした。
「あれが入り用だから、取りに来ました」
「そう?」吉弥は無関係なように長い煙管をはたいた。
 こんな話をしているうちに、跡の二人は食事を済ませ、家根屋の持って来るような梯子《はしご》を伝って、二階へあがった。相撲《すもう》取りのように腹のつき出た婆アやが来て、
「菊ちゃん、もう済んだの?」と言って、お膳をかたづけた。
 いかにも、もう吉弥ではなく、本名は菊子であった。かの女は男の立った跡へ直り、煙管でおのれの跡をさし示し、
「こッちへおいで」という御命令だ。
 僕はおとなしくその通りに住まった。
 二階では、例の花を引いている様子だ。
「あれだろう?」僕がこう聴くと、
「そうよ」と、菊子が嬉しがった。
 馬鹿な奴だとは思ったが、僕はもう未練がないと言いたいくらいだから、物好き半分に根問いをして見た。二階にはおやじもいるし、他にまだ二人ばかりいる。跡からあがった(それも昼ごろから来ていたという)女は、浅草公園の待合○○の女将であった。
 菊子の口のはたの爛《ただ》れはすッかり直ったようだが、その代りに眼病の方がひどくなっている。勤めをしている時は、気の張りがあったのでまだしも病毒を押さえていられたが、張りが抜けたと同時に、急にそれが出て来たのだろう。井筒屋のお貞が言った通り、はたして梅毒患者であったかと思うと、僕は身の毛が逆立ったのである。井上眼科病院で診察してもらったら、一、二箇月入院して見なければ、直るか直らないかを判定しにくいと言ったとか。
 かの女は黒い眼鏡を填《は》めた。
 僕は女優問題
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