とは、自然が乃ち天だといふのか、天が自然のうちにあるといふのか――換言せば、物質ばかりだといふのか、心靈のみあるといふのか、或は又物質と心靈とが同一だといふのか。エメルソンは、邵子の説と同じで、唯心論を取つたが、その實、運命なるものを脊にして、この三問題を輪廻して居たのである[#「エメルソンは」〜「居たのである」に傍点]。
この問題は、佛教では甘く説いてある。大乘佛教の極致ともいふべき法界縁起説[#「法界縁起説」に白三角傍点]で――これに就ては、天台と華嚴とで常に爭論があつたが――萬法はこれ一、一はこれ一切だといふ。たとへて云ふと、易では二、揚子は三、邵子は四の數を以つて秘訣とした通り、華嚴經では、十の數を以つて説明の鍵として居る。十は圓滿無缺の數であつて、之を本位として、十一以上は外縁に從つて増加したもの、十以下はまた外縁に從つて※[#「※」は「減」の「さんずい」の部分が「にすい」、読みは「げん」、341−45]却したもの、増※[#「※」は「減」の「さんずい」の部分が「にすい」、読みは「げん」、341−45]の違ひはあるが、十の本位を離れないから、そのまゝ圓滿だと云ふのだ。それで、六七八の數も、百千萬の數も、共に圓滿である通り、一切の現象は、之と同じ關係で、皆圓滿である――大海とその一滴とは、共に完備して居る全體であるから、それで結合しても亦全體となることが出來る[#「大海とその一滴とは」〜「出來る」に傍点]。――エメルソンが『一滴の水は海の具性はあるが、暴風を現はすことが出來ない』と云つたのは、差別の方面を見た時である。
これは、マクロコズム、大宇宙とマイクロコズム、小宇宙、即ち大我と小我の説と同じであつて、この圓滿な全體と圓滿な部分とが相融合して居るところを眞如といふ。之を鏡に例へて見ると、華嚴は表面から見て、萬法は一心から起ると説き,天台は裏面から見て、一念にも三千の法があるといふ。井上博士が、その著『認識と實在との關係』に於て、『若し一たび是等一切の關係は、絶對的に之れあるにあらず、即ち皆もと否定すべきものなることを看破せば、唯一の觀念を惹起し來らん』と云はれたところを、そこだけで見れば、華嚴の樣に一如に偏して居る我執だと天台派は云ふだらうし,華嚴派から云へば、また、天台は諸法の實相を稱へて、煩惱即菩提と説くので、その眞如なるものは純全でないのだらう。
然し、純不純は別に論ずるまでもないので、この明鏡に映つるものは何か[#「この明鏡に映つるものは何か」に白三角傍点]といふ問題を定めて置きたい。僕は前に、完全な唯心論ならば、何も外界を否定するに及ばないと云つて置いたが、エメルソンは理法といふものを仲人《なかうど》として、自然を心靈のうちへ入れてしまつた。心靈が分らない以上は、――實際、そういふ物を格別に定めると、分るものではないから――自然の位置も矢張り判然しないのである。宗教家が見える、見えないの區別を立てゝ掛るのも、また、最も卑近な手段に過ぎない。僕から見れば、肉の目がある樣に、心にも目がある,また古の哲學者の如く、心と靈とを別なものとすれば、靈にも亦目があるに相違ない。そういふ風に考へて見ると、今、僕等が物質と見て居る物は、何もその形をいつもして居るのではない[#「僕等が物質と見て居る物は」〜「居るのではない」に傍点]、心靈の目から見れば、心靈そのものであるのだらう。從つて、神の目から云へば、神なのであらう。その神とか、心靈とかを云はないでも、一つの觀じ方[#「一つの觀じ方」に白三角傍点]が出來る――それは、何も唯物論や唯心論に住しないでも、佛教の論法の通り、物質であるなら、それも圓滿、心靈であるなら、それも圓滿,圓滿な物と圓滿な物とは、既に同一なことを意味して居るのである。
僕の現象即實在論を用ゐて見ると、自然の事物が官能になつて、官能がまた知覺になる,知覺が思想に、思想が洞察に、洞察が理法に、理法がまた心靈になるので――これは、何も、向上して行くわけではない、犬から猫、猫から蛇と流轉して行く樣に、その機その機の状態を示めしただけで、心靈はまた自然であるのだ。僕は乃ち自然即心靈[#「自然即心靈」に白三角傍点]を主張するのである。この説ぐらゐ、人間の状態を活動せしむるものはない、エメルソンの如きは、あまり達觀してしまつたので、スヰデンボルグの聖書説明と同樣、固定して行つた傾きがある。
(十) 表象の轉換――無目的
自然即心靈、物心合一説も一種の形式ではあらうが、井上博士の樣に、わざ/\客觀的實在と主觀的實在とを別ち、存在その物をこと更らに分割して説明することが出來ようか。博士は、『精神は滅とも不滅とも云ふを得べし、唯々其立脚點の如何によるのみ、吾人が個體的精神と認定するものは、其實、假現的たるに過
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