も答えもせず、右の手を出してそッと左の肩に当って見たら二三のとこで腕が木の株の様に切れて、繃帯をしてあった。――この腕だ。」
と、友人は左の肩を動かした。
「如何に君自身は弱くっても、君の腕はその大石軍曹と同じく、行くえが知れない程勇気があったんだ」と、僕は猪口を差した。
友人は右の手に受けて、言葉を継ぎ、「あの時の心持ちと云うたら、まだ気が落ち付いとらなんだんやさかい、今にも敵が追い付いて来そうで、怖いばかりのまぼろしを見とったのや。後で看護婦の話を聴いたら、大石軍曹までを敵に思たんであろ、『大石が来た、大石が来た』云うてたびたびうなされとったそうや。して、その軍曹は而も僕を独立家屋のそばまでかかえて来て呉れた命の親だ。よくよく僕は卑恐《ひきょう》の本音を出したもんやらしい。」
「それは僕に解釈さして呉れるなら」と、僕は口を出して、「気狂いとまで一方に思った軍曹の、大胆な態度に君が深く打たれたので、夢中な心にもそれを忘れかねたんだろう。」
「それ、さ。」友人は卓を打って、「僕は今でもその姿が見える様なんや。岡見伍長に大石軍曹は神さんや」と、気の弱いにも似ず、何となく威だけ高になっ
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