でも、首くくって死んでしまいたい。」
「君は、元から、厭世家であったが、なかなか直らないと見える。然し、君、戦争は厭世の極致だよ。世の中が楽しいなぞという未練が残ってる間は、決して出来るものじゃアない。軍紀とか、命令とかいうもので圧迫に圧迫を加えられたあげく、これじゃアたまらないと気がつく個人が、夢中になって、盲進するのだ。その盲進が戦争の滋養物である様に、君の現在では、家族の饑※[#「食+曷」、第4水準2−92−63、109下−4]が君の食物ではないか。人間は皆苦しみに追われて活動しているのだ。」
「そう云われると、そうに違いないのやろけど」と、友人は微笑しながら、「まア、もッとお飲み。」傾けた徳利の酒が不足であったので、「おい、お銚子」と、奥へ注意してから、「女房は弱いし、餓鬼は毎日泣きおる、これも困るさかいなア。」
「それはお互いのことだア。ね」と、僕が答えるとたん、から紙が開いて、細君が熱そうなお燗を持って出て来たが、大津生れの愛嬌者だけに、
「えろうお気の毒さまどすこと」と、自分は亭主に角のない皮肉をあびせかけ、銚子を僕に向けて、
「まア、一杯どうどす?――うちの人は、いつも、あないなことばかり云うとります。どうぞ、しかってやってお呉れやす。」
「まア、こういう人間は云いたいだけ云わして置きゃア済むんですよ。」
「そうどすか?」と、細君は亭主の方へ顔を向けた。
「まだ女房にしかられる様な阿房やない。」
「そやさかい、岩田はんに頼んどるのやおまへんか?」
「女郎《メロウ》どもは、まア、あッちゃへ行とれ。」
「はい、はい。」
 細君は笑いながら、からの徳利を取って立った。
 友人は手をちゃぶ台の隅にかけながら、顔は大分赤みの帯び来たのが、そばに立ってるランプの光に見えた。
「岩田君、君、今、盲進は戦争の食い物やて云うたけど、もう一歩進めて云うたら、死が戦争の喰い物や。人間は死ぬ時にならんと真面目になれんのや。それで死んでしもたら、もう、何もないのや。つまらん命やないか? ただくたばりそこねた者が帰って来て、その味が甘かったとか、辛かったとか云うて、えらそうに吹聴するのや、僕等は丸で耻さらしに帰って来たんも同然やないか?」
「そう云やア、僕等は一言も口嘴をさしはさむ権利はない、さ」
「まァ、死にそこねた身になって見給え。それも、大将とか、大佐とかいうものなら、立
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