た友人の姿には、一種の神々しいところがあった。その寂しいほほえみは消えて、顔は、酒の酔いでなく、別の力の熱して来た目つきであった。僕は、周囲の平凡な真ん中で、戦争当時の狂熱に接する様な気がした。
「大石軍曹は」と、友人はまた元の寂しい平凡に帰って、「その行くえが他の死者と同じ様に六カ月間分らなんだ、独立家屋のさきで倒れとったんを見た云うもんもあったそうやし、もッとさきの方で負傷したまま戦ことった云うもんもある。何にせい、聨隊の全滅であったんやさかい、僕の中隊で僕ともう一人ほか生還しやへんのや。全滅後、死体の収容も出来《でき》んで、そのまま翌年の一月十二三日、乃ち、旅順開城後までほッとかれたんや。一月の十二三日に収容せられ、生死不明者等はそこで初めて戦死と認定せられ、遺骨が皆本国の聨隊に着したんは、三月十五日頃であったんや。死後八カ月を過ぎて葬式が行われたんや。」
「して、大石のからだはあったんか?」
「あったとも、君――後で収容当時の様子を聴いて見ると、僕等が飛び出した川からピー堡塁に至る間に、『伏せ』の構えで死んどるもんもあったり、土中に埋って片手や片足を出しとるもんもあったり、からだが離ればなれになっとるんもあった。何れも、腹を出しとったんはあばらが白骨になっとる。腹を土につけとったんは黒い乾物見た様になっとる。中には倒れないで坐ったまま、白骨になっとったんもある。之を見た収容者は男泣きに泣いたそうや。大石軍曹はて云うたら、僕がやられたところよりも遙かさきの大きな岩の上に剣さきを以て敵陣を指したまま高須聨隊長が倒れとった、その岩よりもそッとさきに進んだところで、敵の第一防禦の塹壕内に死んどったんが、大石軍曹と同じ名の軍曹であったそうや。」
「随分手柄のあった人どす、なア」と、細君は僕の方に頸を動かした。
「そりゃア」と、僕が話しかける間もなく、友人は言葉をついだ。
「思て見ると、僕は独立家屋のそばまで後送して呉れた跡で、また進んで行て例の『沈着にせい、沈着にせい』をつづけとったんやろ。――まア、ざっとこないな話――君の耳も僕の長話の砲声で労れたろから、もう少し飲んで休むことにしよ。まア、飲み給え。」
「酌ぎましたよ」と、すすめる細君の酌を受けながら、僕は大分酔った様子らしかった。
「君と久し振りで会って、愉快に飲んだし、思いもよらない君の戦話を聴いたし、もう、何
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