ああ而もなほ天《そら》をさす木木

  ランプ

野中にさみしい一けん家
あたりはもう薄暗く
つめたく
はるかに遠く
ぽつちりとランプをつけた
ぽつちりと點じたランプ
ああ
何といふ眞實なことだ
これだ
これだ
これは人間をまじめにする
わたしは一本の枯木のやうだ
一本の枯木のやうにこの烈風の中につつ立つて
ランプにむかへば自《おのづか》ら合さる手と手
其處にも人間がすんでゐるのだ
ああ何もかもくるしみからくる
ともすれば此の風で
ランプはきえさうになる
そうすると
私もランプと消えさうになる
かうして力を一つにしながら
ランプも私もおたがひに獨りぼつちだ

  夜の詩

あかんぼを寢かしつける
子守唄
やはらかく細くかなしく
それを歌つてゐる自分も
ほんとに何時《いつ》かあかんぼとなり
ランプも火鉢も
急須も茶碗も
ぼんぼん時計も睡くなる

  遙にこの大都會を感ずる

この麥畑の畦のほそみち
この細道に立つ自分をはるかに大都會も感ずるか
けふもけふとて
砂つぽこりの中で搖れてゐる草の葉つぱ
ああ大旋風も斯る草の葉つぱからはじまつてやつぱり此の道をはしるのだ
ああ此の道
道はすべて大都會に通ずる
道は蔓のやうなものでそして脈搏つてゐる
まつぴるまの太陽も暗く
あたまから朦朦と塵埃をあびせかけられてゐる幻想
その塵埃の底にあつて呼吸《いき》づく世界きつての大都會よ
ああ大沙漠の壯麗にあれ
ああ壯麗な大旋風
その街街の大建築の屋根から屋根をわたつて行く
大群集の吠えるやうな聲聲
此の大都會をしみじみと
此の大沙漠中につつ立つ林のやうな大煙筒を
此のしづけさにあつて感ずる

  何處へ行くのか

またしても
ごうと鳴る風
窓の障子にふきつけるは雪か
さらさらとそれがこぼれる
まつくらな夜である
ひとしきりひつそりと
風ではない
風ではない
それは餓ゑた人間の聲聲だ
どこから來て何處へ行く群集の聲であらう
誰もしるまい
わたしもしらない
わたしはそれをしらないけれど
わたしもそれに交つてゐた

  梢には小鳥の巣がある

なにを言ふのだ
どんな風にも落ちないで
梢には小鳥の巣がある
それでいい
いいではないか

  春

どこかで紙鳶《たこ》のうなりがする
子どもらの耳は敏く
青空はひさしぶりでおもひだされた
いままで凍《い》てついてゐたやうな頑固な手もほんのりと赤味を
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