人間の激しい意志を
いまこそ強い大地の力を

  わたしたちの小さな畑のこと

すこし強い雨でもふりだすと
雀らにかくしてかけた土の下から
種子《たね》はすぐにもとびだしさうであつた
私達はそれをどんなに心配したか
そしてその種子をどんなに愛してゐたことか
それがいつのまにやら
地面の中でしつかりと根をはり
青空をめがけて可愛いい芽をふき
かうして庭の隅つこの小さな畑ででも
其の芽がだんだん莖となり葉となりました
それらの中の或るものなどは
たちまちながくするすると
人間ならば手のやうな蔓さへ伸ばしはじめた
それではじめて隱元豆だとしれました
昨日《きのふ》夕方榾木をそれに立ててやつたら
今朝《けさ》はもう、さもうれしさうにどれにもこれにもからみついてゐるではありませんか
此の外に、蜀黍《たうもろこし》と胡瓜《きうり》と
數種の秋のはなぐさがあります
どれもこれも此の小さな畑のなかで滿足しきつてそだつてゐます
そしてそれらの上に太陽は光をかけ
太陽のひかりは小さな畑から
あたり一めんにあふれてをります

  一日のはじめに於て

みろ
太陽はいま世界のはてから上るところだ
此の朝霧の街と家家
此の朝あけの鋭い光線
まづ木木の梢のてつぺんからして
新鮮な意識をあたへる
みづみづしい空よ
からすがなき
すずめがなき
ひとびとはかつきりと目ざめ
おきいで
そして言ふ
お早う
お早うと
よろこびと力に滿ちてはつきりと
おお此の言葉は生きてゐる!
何といふ美しいことば[#「ことば」に傍点]であらう
此の言葉の中に人間の純《きよ》さはいまも殘つてゐる
此の言葉より人間の一日ははじまる

  自分達の仕事

自分達の仕事
それは一つの巣をつくるやうなものだ
此の空中にたかく
どんな強風にも落ちないやうな巣をつくれ
そして大地にふかぶかと根ざした木木
その木の梢のてつぺんで
卵を孵へさうとしてゐる鳥は
いまああしてせはしく働いてゐる
毎日毎日
朝から夕まで
あちらの都會の街上で女の髮毛《かみげ》を拾つたり
こちらの村の百姓の藁を一本盜んだり
ああ自分達もあの鳥とおなじだ
けれど鳥にはあのやうな翼がある
自分達には何があるか
ああ

  消息

はつなつの木木の梢をわたる風だ
穀物畠の畝からぬけでてきた風だ
わたしらの屋根の上を
それはまるで遠くできく海の音のやうだ
その下にわたし
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