始めた。臨終の席に列《つらな》った縁者の人々は、見るに見兼《みか》ねて力一杯に押えようとするけれど、なかなか手に終《お》えなかった。そして鐘の音《ね》の沈《しず》むと共に病人の脈も絶えた。意味を考えることは別問題として有《あり》の儘《まま》だけをお伝えする。これが鐘の響《ひびき》と女の死というような『上野の鐘』の大略《たいりゃく》で、十二時を報じた時の鐘であったという。
 私もその家は音《おと》ずれてみたことがあるが、嫁の代《だい》が変ってからは何等《なにら》のことも無いような風である。真箇《まったく》妙なことがある。私の母の目を落《おと》す時は、私は家内と二人で母を看《み》ていたが、母の寝ている部屋の屋根の棟《むね》で、タッタ一声《ひとこえ》烏がカアと鳴いた。それが夜中の三時であった。時間の関係からいえば、上野の鐘が十二時で、この鳥の一声《ひとこえ》が三時だから、所謂《いわゆる》丑満刻《うしみつこく》というのでは無いが、どうもしかし穏《おだ》やかで無い。



底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房
   2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「新小説 明治四十四年十二月号」春陽堂
   1911(明治44)年12月
初出:「新小説 明治四十四年十二月号」春陽堂
   1911(明治44)年12月
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2008年9月26日作成
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