本堂の橡《えん》の下に隠してある、例の待網を取出《とりだ》して彼《か》の小溝へ掛けたが、今夜は如何《どう》した訳か、雑魚《ざこ》一|疋《ぴき》懸《かか》らない、万一や網でも損じてはいぬかと、調べてみたがそうでも無い、只管《ひたすら》不思議に思って水面《みなも》を見詰《みつめ》ていると、何やら大きな魚がドサリと網へ引掛《ひっかか》った、その響《ひびき》は却々《なかなか》尋常で無《なか》った、坊主は〆《しめ》たりと思い引上《ひきあ》げようとすると、こは如何《いか》にその魚らしいものが一躍して岡へ飛上《とびあが》り、坊主の前をスルスルと歩いて通りぬけ、待網の後《うしろ》の方から水音高く、再び飛入《とびい》って遂《つい》に逃げてしまった、大きさは約四尺も有《あろ》う、真黒で頭の大きい何とも分らぬ怪物《かいぶつ》だ、流石《さすが》の悪僧も目前にこんな奇《あや》しみを見て深く身の非を知りその夜住職を起《おこ》してこの事を懺悔《ざんげ》し、その後は打《うっ》て変って品行を謹しみ、今は大坂《おおさか》の某寺の院主と為《な》っているとの事だ。



底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房
   2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「新小説 明治四十四年十二月号」春陽堂
   1911(明治44)年12月
初出:「新小説 明治四十四年十二月号」春陽堂
   1911(明治44)年12月
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2008年9月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全5ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
関根 黙庵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング