て容貌|風体《ふうてい》などを糺《ただ》し、それこそ今日《きょう》手に掛《かけ》たる女なり、役目とは云いながら、罪作りの所為《わざ》なり、以来は為すまじき事よと、後悔して後《の》ち百姓となり、無事に一生を送りしと、僕上野に遊んだ際、この穴を見たが惜《おし》いかな、土地の名を聞洩《ききもら》した、何でも直《じ》き上に寺のある、往来の左方《ひだり》だと記憶している。
◎先代の坂東秀調《ばんどうしゅうちょう》壮年の時分、伊勢《いせ》の津《つ》へ興行に赴き、同所|八幡《やはた》の娼家|山半楼《やまはんろう》の内芸者《うちげいしゃ》、八重吉《やえきち》と関係を結び、折々《おりおり》遊びに行きしが、或《ある》夜鰻を誂《あつら》え八重吉と一酌中《いっしゃくちゅう》、彼が他《た》の客席へ招かれた後《あと》、突然年若き病人らしい、婦人が来て、妾《わたし》は当楼《こちら》の娼妓《しょうぎ》で、トヤについて食が進まず、鰻を食《たべ》たいが買う力が無いと、涙を流して話すのを、秀調哀れに思いその鰻を与えしに、彼はペロリと食《たべ》て厚く礼を言い、出て往《いっ》た後《あと》間も無く八重吉が戻って、その話を聞きまたしても畜生がと、大層《たいそう》立腹せしに驚き秀調その訳を訊ねしに、こは当楼の後ろの大薮に数年《すねん》住《すん》でいる狸の所為《しわざ》にて、毎度この術《て》で高味《うまい》ものをして[#「して」に白丸傍点]やらるると聞き、始めて化《ばか》されたと気が付《つい》て、果《はて》は大笑いをしたが、化物《ばけもの》と直接応対したのは、自分|斗《ばか》りであろうと、誇乎《ほこりか》に語りしも可笑《おか》し。
◎維新少し前の事だ、重罪犯の夫婦が伝馬町《でんまちょう》の牢内へはいった事がある、素《もと》より男牢と女牢とは別々であるが、或《ある》夜女牢の方に眠りいたる女房の元へ夢の如く、亭主が姿を現わし、自個《おれ》も近々《ちかぢか》年が明くから、草鞋《わらじ》を算段してくれと云う、女房不審に思ううち、夢が消《きえ》てしまった、大方夫婦の情で案じているから、こんな夢を見るのだろうと思いおりしに、翌晩から同じ刻限に三晩続け、殊《こと》に最後の夜の如きは、愚痴ッぽい事を云《いっ》て消失《きえ》た、あまり不思議だから女房は翌日、牢番に次第を物語った、すると死刑になる囚人には、折々ある事だ願ってみろと
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