ら》(羽左衛門《うざえもん》)と東京座で『四谷怪談』をいたします。これまで祖父《じじい》の梅壽《ばいじゅ》さんがした時から、亡父《おやじ》の時とも、この四谷をするとは、屹度《きっと》怪しい事があるというので、いつでもいつでもその芝居に関係のある者は、皆おっかなびっくりでおりますので、中には随分《ずいぶん》『正躰《しょうたい》見たり枯尾花《かれおばな》』というようなのもあります。しかし実際をいうと私も憶病なので、丁度《ちょうど》前月の三十日の晩です、十時頃『四谷』のお岩様の役の書抜《かきぬき》を読みながら、弟子や家内《かない》などと一所《いっしょ》に座敷に居ますと、時々に頭上《あたまのうえ》の電気がポウと消える。おかしいなと思って、誰か立ってホヤの工合《ぐあい》を見ようとすると、手を付けない内に、またポウとつく。それでいて、茶《ちゃ》の間《ま》や他《ほか》の間《ま》の電気はそんな事はないので、はじめ怪しいと思ったのも、二度目、三度目には怖気《おじけ》がついて、オイもう止《よ》そう、何だか薄気味が悪いからと止《よ》したくらいでした。
▲『四谷』の芝居といえば、十三年前に亡父《おやじ》が歌舞伎座でした時の、伊右衛門《いえもん》は八百蔵《やおぞう》さんでしたが、お岩様の罰《ばち》だと言って、足に腫物《しゅもつ》が出来た事がありました。今度私に突合《つきあ》って、伊右衛門をするのは、高麗蔵さんですが、自分は何ともないが、妻君の目の下に腫物《しゅもつ》が出来て、これが少し膨《は》れているところへ、藍《あい》がかった色の膏薬《こうやく》を張っているので、折《おり》から何だか、気味を好《よ》く思っていないところへ、ある晩高麗蔵さんが、二階へ行《ゆ》こうと、梯子段《はしごだん》へかかる、妻君《さいくん》はまた威《おど》かす気でも何でもなく、上から下りて来る、その顔に薄く燈《あかり》が映《さ》して、例の腫物《しゅもつ》が見えたので、さすがの高麗蔵さんも、一寸《ちょっと》慄然《ぞっ》としたという事です。
▲また東京座も、初日になると、そのような意味の怪談(?)もありましょうけれども、まあまあ今申し上げるお話はこのくらいなものです。
底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「怪談会」柏舎書楼
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