にも四辺《あたり》の淋しいのに、物凄く聞《きこ》えるので、彼も中々《なかなか》落々《おちおち》として寝込まれない。ところが、この小使部屋へは、方々《ほうぼう》の室から、呼鈴《べる》の電線がつづいているので、その室で呼ぶと、此処《ここ》で電鈴《べる》が鳴って、その室の番号のついてる札が、パタリと引繰返《ひっくりかえ》るという風になっているのだが、何しろ、彼も初めての事なので、薄気味|悪《わ》るく、うとうとしていると、最早《もう》夜も大分更《ふ》けて、例の木枯《こがらし》の音が、サラサラ相変らず、聞《きこ》える時、突然に枕許《まくらもと》の上の呼鈴《べる》が、けだだましく鳴出《なりだ》したので、おやおや今時分、何処《どこ》の室から、呼ぶのだろう、面倒臭いことだなどと思いながら、思わず、ひょこり頭を擡《もた》げて、それを見上げると、こは如何《いか》に、その札の引繰返《ひっくりかえ》っているのは、正《まさ》しく人も居ない死体室からなので、慄然《ぞっ》としたが、無稽無稽《ばかばか》しいと思って、恐々《こわごわ》床《とこ》へ入るとまたしきりそれが鳴り出して、パタリと死体室の札が返るのだ。彼も最早《もう》堪《たま》らず、震えながらにとうとう夜を明《あ》かしたとの事である。しかし今では奇妙なもので、「もうそれも平気になった」と彼は頗《すこ》ぶる平然として語ったが、この際弟は、思わずそこの玻璃《がらす》窓越しに見える死体室を見て、身震《みぶるい》をしたと、談《はな》したのであった。
底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「怪談会」柏舎書楼
1909(明治42)年発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2008年9月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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