らしく、私たち二三人はレビ記の法律のところなんぞ読んで、そのうらに潜む人事を不思議がつたりした。あなかしこといふ言葉がこんな時使はれる。
 そんなやうな長時間の読書が何かやくに立つたかと考へれば、むろん心の持ち方にも、身の行ひにも、それだけ若い時に蒔かれた種子は育つて実を結んだにはちがひないが、もつと思ひもかけない小さな思ひ出が或る時私をわらはせた。
 この国の終戦後たべる物がまだ出揃はず、家庭でパンやビスケットを焼いてゐる時分に、粉の中にバタをすこしばかり交ぜて焼きながら、そのバタの量で柔らかみが少しづつ違ふのを試食してゐる時だつた。私は旧約聖書にある予言者エリヤとまづしい寡婦の話を思ひ出したのである。暴虐な王アハブの時代、予言者エリヤがイスラエル国にはこれから数年のあひだ雨も露も降らないだらうと予言した。アハブ王はどうかしてこの予言者を捕へて殺さうと思つたが、中々つかまらないで、彼はさびしい田舎の或る寡婦の家にかくれて、そつと養はれた。国は飢饉でくるしんでゐるとき、その貧しい寡婦の家では小桶に一つかみの粉と小瓶にすこし残つてゐる油とあつただけで、三年のあひだ彼女ら母子とエリヤがその
前へ 次へ
全5ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
片山 広子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング