。そのお説教の前に聖書が朗読されてその中の一節を当日の説教の題とされる。それから教会でなく学校の方に日曜学校といふのがあり、英語の聖書で旧約のユダヤの歴史を教へられた。先生の教へ方によつてはずゐぶん興味ある学課であつた。これは試験はない。それから週間の日の月火木金の四日、午前十一時半から十二時まで校長先生の新約聖書の研究があつた。研究といつても一方的で、校長さんは文学が好きな人であつたから、いろいろな詩人の詩やシエークスピヤの劇の文句まで引いて聖書をたいへんおもしろく教へて下さるのだつた。これは試験があつて、よほどうまく答案を書かないとあぶない、聖書の点数を落第点なぞ貰つたら、ミツシヨンの方面にはスキヤンダルみたいな一大事なのである。
それから又、そんな義務や義理でなく、私たち生徒が何も読む物のないとき、聖書でも[#「聖書でも」に傍点]、読まないよりは読む方が愉しかつた。どこでも手あたり次第で、こんなところを読んだと言つたら先生がたは驚いたらうが、一さい何も言はなかつた。女学生といふものは(おそらく現代の彼女たちもさうであらうと思ふ)どんな問題にでも、わからない事にでも興味をもつものらしく、私たち二三人はレビ記の法律のところなんぞ読んで、そのうらに潜む人事を不思議がつたりした。あなかしこといふ言葉がこんな時使はれる。
そんなやうな長時間の読書が何かやくに立つたかと考へれば、むろん心の持ち方にも、身の行ひにも、それだけ若い時に蒔かれた種子は育つて実を結んだにはちがひないが、もつと思ひもかけない小さな思ひ出が或る時私をわらはせた。
この国の終戦後たべる物がまだ出揃はず、家庭でパンやビスケットを焼いてゐる時分に、粉の中にバタをすこしばかり交ぜて焼きながら、そのバタの量で柔らかみが少しづつ違ふのを試食してゐる時だつた。私は旧約聖書にある予言者エリヤとまづしい寡婦の話を思ひ出したのである。暴虐な王アハブの時代、予言者エリヤがイスラエル国にはこれから数年のあひだ雨も露も降らないだらうと予言した。アハブ王はどうかしてこの予言者を捕へて殺さうと思つたが、中々つかまらないで、彼はさびしい田舎の或る寡婦の家にかくれて、そつと養はれた。国は飢饉でくるしんでゐるとき、その貧しい寡婦の家では小桶に一つかみの粉と小瓶にすこし残つてゐる油とあつただけで、三年のあひだ彼女ら母子とエリヤがその
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