は青に紅の交りあつた色かとおもはれる。亡くなつた妹《いも》と二人で作つた山斎《しま》は黒くさへ見えるほど深い緑である。
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「一本のなでしこ植ゑしその心誰に見せむと思ひそめけむ
「秋さらば移しもせむと吾が蒔きし韓藍《からあゐ》の花を誰か採みけむ
「朝霧のたなびく田居に鳴く雁をとどめ得むかも吾が屋戸の萩
「栽《う》ゑし植ゑば秋なき時や咲かざらむ花こそ散らめ根さへ枯れめや
「暁と夜鴉なけどこの丘の木末の上はいまだ静けし
「長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝はものをこそ思へ
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 なでしこは夏から秋につづく。これは濃い紅である。韓藍《からあゐ》の花は紅よりも赤であらうか? 朝霧は白く萩の花は紅く、雁の鳴く田はもう黄ばんでゐるだらうか? まだ少し早い? 業平の「栽ゑし植ゑば」は黄ろい菊と思はれるが、それとも白菊でもあるか? 丘の木々の上はまだ静かな暁、これは白く、それにうす暗いもの、黒が残つてゐる。黒髪の乱れる朝を私は春でも夏でもなく、秋の景色に見た。黒髪の黒い色はあまり強くない、気分はさめかけた紫、なほも行末を頼むうす紅の色、同時に現在から未来にかけての不安は枯葉色、そんな複雑な色の交る歌と思つた。
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「桐の葉も踏み分けがたくなりにけり必らず人と待つとならねど
「木の葉ふりしぐるる雲の立ち迷ふ山の端みれば冬は来にけり
「甚《はなは》だも降らぬ雪ゆゑこちたくも天つみ空は曇らひにつつ
「寂しさに耐へたる人のまたもあれな庵ならべむ冬の山里
「鵲のわたせる橋におく霜の白きをみれば夜ぞ更けにける
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 桐の葉は、あたらしい落葉も古い落葉もすべて枯葉いろ、新しく散つたばかりの時すこしは秋の黄ばんだ色も見えるだらう。作者の心は灰いろである。山の木の葉が散るとき、赤いもみぢ葉も黄いろい葉も交る。つまらない枯葉も交る、しぐれる雲はうす墨のいろ。あまりたくさん降らない雪がまだ空にいつぱい残つてゐる時、空も空気もすべて銀ねずみ色。寂しい冬の山里は何も色がない。西行が一人住むその庵だけが、遠くから見れば、黒くも褐色にも眺められるだらう。夜が更けてお庭の霜がしろい、しかしその白さを包んで夜の黒さがある、作者も読者もその暗い寒さを感じてゐる。(私の手許に古い歌の本が何もないので、殆どめちやに書き並べた)
 こんな色わけをしてみても、別に面白いこともなく、むしろ物はかない気持さへする、書き並べた歌のせゐもあるだらう。そして、私はよその国の暦の事を殆ど忘れてしまつてゐる。遠い遠い万葉時代の野の花の色でさへも、私にはよその国の見たこともない森の色や、空や水の色よりも親しく思はれる。



底本:「燈火節」月曜社
   2004(平成16)年11月30日第1刷発行
底本の親本:「燈火節」暮しの手帖社
   1953(昭和28)年6月
入力:竹内美佐子
校正:富田倫生
2008年10月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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