アラン島
片山廣子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)金《かね》
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雨ばかり多い春であつたが、今日は珍らしくよく晴れて空気も寒いくらゐ澄んでゐる。南むきの硝子戸のそとのコンクリに配給のイモを出して乾した。かなり沢山の、五貫目くらゐもあらうか、イモたちの顔も天日に乾されることを喜んでゐるらしくみえた。これだけあれば相当ながく食べられると思ふ満足感が、イモたちが喜んでゐるやうな錯覚とつながつてゐるのかもしれない。
日にあたりながらそのイモを見てゐて、私は前にどこかでたくさんのイモが積みかさなつてゐる愉しい光景を見たやうに思つて、考へてゐると映画で見たのだつた。もう十五六年も前だらうか日比谷映画劇場で見た「アラン」に出る景であつた。一人の老人がストーヴの火に温まりながらイモを煮てゐたやうだつた(はつきり記憶してゐないが)。せまいそのキッチンの一部に馬鈴薯が山のやうに蓄へてあつたのだけは覚えてゐる。大西洋の離れ島アランでは荒海の中に漁師たちがとる魚類よりほかには、麦とイモだけが唯一の食料であつた。掘つても掘つても岩のかけらばかりの畑にイモの種をまく景もあ
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