すくな》くはあるまい。同じ露店の大道商人となるとも自分は髭を生し洋服を着て演舌口調に医学の説明でいかさまの薬を売ろうよりむしろ黙して裏町の縁日《えんにち》にボッタラ焼《やき》をやくか※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉細工《しんこざいく》でもこねるであろう。苦学生に扮装したこの頃の行商人が横風《おうふう》に靴音高くがらりと人の家《うち》の格子戸《こうしど》を明け田舎訛《いなかかま》りの高声《たかごえ》に奥様はおいでかなぞと、ややともすれば強請《ゆすり》がましい凄味《すごみ》な態度を示すに引き比べて昔ながらの脚半《きゃはん》草鞋《わらじ》に菅笠《すげがさ》をかぶり孫太郎虫《まごたろうむし》や水蝋《いぼた》の虫《むし》箱根山《はこねやま》山椒《さんしょ》の魚《うお》、または越中富山《えっちゅうとやま》の千金丹《せんきんたん》と呼ぶ声。秋の夕《ゆうべ》や冬の朝《あした》なぞこの声を聞けば何《なに》とも知れず悲しく淋しい気がするではないか。
 されば私のてくてく歩きは東京という新しい都会の壮観を称美してその審美的価値を論じようというのでもなく、さればとて熱心に江戸なる旧都の古蹟を探《さ
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