そよいでいて、井戸のように深くなった凹味《くぼみ》の底へと、大方《おおかた》御所から落ちて来るらしい水の流が大きな堰《せき》にせかれて滝をなしているのを見た。夜になったらきっと蛍《ほたる》が飛ぶにちがいない。私はこの夕《ゆうべ》ばかり夏の黄昏《たそがれ》の長くつづく上にも夕月の光ある事を憾《うら》みながら、もと来た鮫ヶ橋の方へと踵《きびす》を返した。
 鮫ヶ橋の貧民窟は一時|代々木《よよぎ》の原《はら》に万国博覧会が開かれるとかいう話のあった頃、もしそうなった暁《あかつき》四谷代々木間の電車の窓から西洋人がこの汚い貧民窟を見下《みおろ》しでもすると国家の恥辱《ちじょく》になるから東京市はこれを取払ってしまうとやらいう噂があった。しかし万国博覧会も例の日本人の空景気《からげいき》で金がない処からおじゃんになり、従って鮫ヶ橋も今日なお取払われず、西念寺《さいねんじ》の急な坂下に依然として剥《はげ》ちょろのブリキ屋根を並べている。貧民窟は元より都会の美観を増すものではない。しかし万国博覧会を見物に来る西洋人に見られたからとて何もそれほどに気まりを悪るがるには及ぶまい。当路《とうろ》の役人ほど
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