文明開化」と云ふ通り言葉は如何なる強い力を以て国民を支配したであらう。「新繁昌記」の著者が牛肉を讃美して、「牛肉《ギウニク》ノ人《ヒト》ニ於《オ》ケルヤ開化之薬舗《カイクワノヤクホ》ニシテ而《シカ》シテ文明《ブンメイ》ノ良剤《リヤウザイ》也《ナリ》」と言ひ、京橋に建てられた煉瓦石《れんぐわせき》の家を見ては、「此《コ》ノ築造《チクザウ》有《ア》ルハ都下《トカ》ノ繁昌《ハンジヤウ》ヲ増《マ》シテ人民《ジンミン》ノ知識《チシキ》ヲ開《ヒラ》ク所以《ユエン》ノ器械《キカイ》也《ナリ》」と叫んだ如きわざと誇張的に滑稽的に戯作の才筆を揮つたばかりではなからう。今日の時代から振返つて見れば、無論此の時代の「文明開化」には如何にも子供らしく馬鹿馬鹿しい事が多い。けれども時代一般の空気が如何にも生々《いき/\》として、多少進取の気運に伴《ともな》つて奢侈逸楽等の弊害欠点の生じて来る事に対しても、世間は多くの杞憂《きいう》を抱《いだ》かず、清濁併せ呑む勢を以て大胆に猛進して行つた有様はいかにも心持よく感じられる。これを四十四年後に於ける今日《こんにち》の時勢に比較すると、吾々は殊にミリタリズムの暴圧の下に萎縮しつゝある思想界の現状に鑑《かんが》みて、転《うた》た夢の如き感があると云つてもいゝ。然し自分は断つて置く。自分はなにも現時の社会に対して経世家的憤慨を漏《もら》さうとするのではない。時勢がよければ自分は都の花園に出て、時勢と共に喜び楽しむ代り、時勢がわるければ黙つて退いて、象牙の塔に身を隠し、自分一個の空想と憧憬《しようけい》とが導いて行く好き勝手な夢の国に、自分の心を逍遥させるまでの事である。
 寧ろかう云ふ理由から、自分は今|正《まさ》に、自分が此の世に生れ落ちた頃の時代の中《うち》に、せめて虫干の日の半日|一時《いつとき》なりと、心静かに遊んで見や[#「や」に「ママ」の注記]うと急《あせ》つてゐる最中なのである。
 大方《おほかた》母上が若い時に着た衣装であらう。撫子《なでしこ》の裾模様をば肉筆で描《か》いた紗《しや》の帷子《かたびら》が一枚風にゆられながら下つてゐる辺《あた》りの縁先に、自分は明治の初年に出版された草双紙の種類を沢山に見付け出した。古河黙阿弥《ふるかはもくあみ》の著述に大蘇芳年《たいそよしとし》の絵を挿入《さしい》れた「霜夜鐘十時辻占《しもよのかねじふじ
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