んでしまつたので、歩くと共におそろしく酔が廻つて来る。さらでも歩きにくい雪の夜道の足元が、いよ/\危くなり、娘の手を握る手先がいつかその肩に廻される。のぞき込む顔が接近して互の頬がすれ合ふやうになる。あたりは高座で噺家がしやべる通り、ぐる/\ぐる/\廻つてゐて、本所だか、深川だか、処は更に分らぬが、わたくしは兎角する中、何かにつまづきどしんと横倒れに転び、やつとの事娘に抱き起された。見ればおあつらひ通りに下駄の鼻緒が切れてゐる。道端に竹と材木が林の如く立つてゐるのに心付き、その陰に立寄ると、こゝは雪も吹込まず風も来ず、雪あかりに照された道路も遮られて見えない別天地である。いつも継母に叱られると言つて、帰りをいそぐ娘もほつと息をついて、雪にぬらされた銀杏返の鬢を撫でたり、袂をしぼつたりしてゐる。わたくしはいよ/\前後の思慮なく、唯酔の廻つて来るのを知るばかりである。二人の間に忽ち人情本の場面が其のまゝ演じ出されるに至つたのも、怪しむには当らない。
あくる日、町の角々に雪達磨ができ、掃寄せられた雪が山をなしたが、間もなく、その雪だるまも、その山も、次第に解けて次第に小さく、遂に跡かたもな
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