る日、町の角々に雪達磨《ゆきだるま》ができ、掃寄せられた雪が山をなしたが、間もなく、その雪だるまも、その山も、次第に解けて次第に小さく、遂に跡かたもなく、道はすっかり乾いて、もとのように砂ほこりが川風に立迷うようになった。正月は早くも去って、初午《はつうま》の二月になり、師匠むらくの持席《もちせき》は、常磐亭から小石川|指ヶ谷町《さすがやちょう》の寄席にかわった。そしてかの娘はその月から下座をやめて高座へ出るようになって、小石川の席へは来なくなった。帰りの夜道をつれ立って歩くような機会は再び二人の身には廻《めぐ》っては来なかった。
 娘の本名はもとより知らず、家も佐竹とばかりで番地もわからない。雪の夜の名残は消えやすい雪のきえると共に、痕《あと》もなく消去ってしまったのである。
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巷《ちまた》に雨のふるやうに
わが心にも雨のふる
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という名高いヴェルレーヌの詩に傚《なら》って、もしもわたくしがその国の言葉の操《あやつ》り方《かた》を知っていたなら、
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巷に雪のつもるやう
憂《うれ》ひはつもるわが胸に
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