ない燗酒《かんざけ》を寒さしのぎに、一人で一合あまり飲んでしまったので、歩くと共におそろしく酔が廻って来る。さらでも歩きにくい雪の夜道の足元が、いよいよ危くなり、娘の手を握る手先がいつかその肩に廻される。のぞき込む顔が接近して互の頬がすれ合うようになる。あたりは高座《こうざ》で噺家がしゃべる通り、ぐるぐるぐるぐる廻っていて、本所だか、深川だか、処は更に分らぬが、わたくしはとかくする中《うち》、何かにつまずきどしんと横倒れに転び、やっとの事娘に抱き起された。見ればおあつらい通りに下駄の鼻緒《はなお》が切れている。道端に竹と材木が林の如く立っているのに心付き、その陰に立寄ると、ここは雪も吹込まず風も来ず、雪あかりに照された道路も遮《さえぎ》られて見えない別天地である。いつも継母に叱られると言って、帰りをいそぐ娘もほっと息をついて、雪にぬらされた銀杏返《いちょうがえし》の鬢《びん》を撫《な》でたり、袂《たもと》をしぼったりしている。わたくしはいよいよ前後の思慮なく、唯酔の廻って来るのを知るばかりである。二人の間に忽ち人情本の場面がそのまま演じ出されるに至ったのも、怪しむには当らない。
あくる日、町の角々に雪達磨《ゆきだるま》ができ、掃寄せられた雪が山をなしたが、間もなく、その雪だるまも、その山も、次第に解けて次第に小さく、遂に跡かたもなく、道はすっかり乾いて、もとのように砂ほこりが川風に立迷うようになった。正月は早くも去って、初午《はつうま》の二月になり、師匠むらくの持席《もちせき》は、常磐亭から小石川|指ヶ谷町《さすがやちょう》の寄席にかわった。そしてかの娘はその月から下座をやめて高座へ出るようになって、小石川の席へは来なくなった。帰りの夜道をつれ立って歩くような機会は再び二人の身には廻《めぐ》っては来なかった。
娘の本名はもとより知らず、家も佐竹とばかりで番地もわからない。雪の夜の名残は消えやすい雪のきえると共に、痕《あと》もなく消去ってしまったのである。
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巷《ちまた》に雨のふるやうに
わが心にも雨のふる
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という名高いヴェルレーヌの詩に傚《なら》って、もしもわたくしがその国の言葉の操《あやつ》り方《かた》を知っていたなら、
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巷に雪のつもるやう
憂《うれ》ひはつもるわが胸に
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