んかく》の慰安を覚えさせる。
木で造つた渡船《わたしぶね》と年老いた船頭とは現在|並《なら》びに将来の東京に対して最も尊い骨董《こつとう》の一つである。古樹と寺院と城壁と同じく飽くまで保存せしむべき都市の宝物《はうもつ》である。都市は個人の住宅と同じく其の時代の生活に適当せしむべく常に改築の要あるは勿論のことである。然し吾々は人の家を訪《と》うた時、座敷の床の間に其の家伝来の書画を見れば何となく奥床しく自《おのづか》ら主人に対して敬意を深くする。都会も其の活動的ならざる他《た》の一面に於て極力伝来の古蹟を保存し以て其の品位を保《たも》たしめねばならぬ。この点よりして渡船《わたしぶね》の如きは独《ひと》り吾等一個の偏狭なる退歩趣味からのみ之《これ》を論ずべきものではあるまい。
底本:「日本の名随筆33 水」作品社
1985(昭和60)年7月25日第1刷発行
1996(平成8)年2月29日第15刷発行
底本の親本:「荷風全集 第一三巻」岩波書店
1963(昭和38)年2月発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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