くへと曲つて行つた事が能くわかる。冬にも春にも日頃いつでも聞く街の声は一時に近く遠く聞え出したが、する程もなく、再び耳元近くブリキの樋に屋根から伝はつて落《おち》る雨滴《あまだ》れの響が起る。自分は始めて目には見えない糠雨が空の晴れさうに明くなつて居るのにも係らず、いつの間にかまた降出してゐたのに心付くのであつた。
 枇杷の実は熟しきつて地に落ちて腐つた。厠に行く縁先に南天の木がある。其の花はいかなる暗い雨の日にも雪のやうに白く咲いて房のやうに下つてゐる。自分は幼少《ちひさ》い時この花の散りつくすまで雨は決して晴れないと語つた乳母の話を思ひ出した………



底本:「日本の名随筆43 雨」作品社
   1986(昭和61)年5月25日第1刷発行
   1997(平成9)年5月20日第15刷発行
底本の親本:「荷風随筆 第一巻」岩波書店
   1981(昭和56)年11月発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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