た小作りの姿と、口尻《くちじり》のしまった円顔《まるがお》、十六、七の同じような年頃とが、長吉をしてその瞬間|危《あやう》くベンチから飛び立たせようとしたほどお糸のことを連想せしめた。お糸は月のいいあの晩に約束した通り、その翌々日に、それからは長く葭町《よしちょう》の人たるべく手荷物を取りに帰って来たが、その時長吉はまるで別の人のようにお糸の姿の変ってしまったのに驚いた。赤いメレンスの帯ばかり締《し》めていた娘姿が、突然たった一日の間《あいだ》に、丁度今|御手洗《みたらし》で手を洗っている若い芸者そのままの姿になってしまったのだ。薬指にはもう指環《ゆびわ》さえ穿《は》めていた。用もないのに幾度《いくたび》となく帯の間から鏡入れや紙入《かみいれ》を抜き出して、白粉《おしろい》をつけ直したり鬢《びん》のほつれを撫《な》で上げたりする。戸外《そと》には車を待たして置いていかにも急《いそが》しい大切な用件を身に帯びているといった風《ふう》で一時間もたつかたたない中《うち》に帰ってしまった。その帰りがけ長吉に残した最後の言葉はその母親の「御師匠《おししょう》さんのおばさん」にもよろしくいってくれ
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