こ》められていた。
「ほだって、蜜柑が無《ね》えもの……」
善三は、一生懸命に竹を削りながら、ずるずるっと洟《はな》をすすりあげた。
「ほんじゃ、水持って来て呑ませろ。蜜柑買って来ねえ代わりに。」
「厭《や》んだ。父《おど》に怒られっから厭んだ。」
「ほんとに、この野郎まで、なんとしたごったやなあ!……」
お婆さんの言葉には、悲壮、というような余韻《よいん》があった。
「お美代姉はやあ? 善三。」
しばらくしてから、お婆さんは言った。
「今朝早ぐ、父《おど》と一緒に、大崎さ行ったは。」
「大崎さ? まだ行ったのが?」
お婆さんの顔には、悲哀の表情が浮かんだ。悲哀というよりも、むしろ悲壮といいたい表情、歯を喰いしばるようにして眼を閉じたのであった。瞼《まぶた》がひくひくと微動していた。
「美代姉は、厭《や》んだって言ったの、父《おど》、行がねえごったら、首《くびた》さ、縄つけでも連《つ》せで行ぐどて。お美代姉、泣いでいだけ。」
お婆さんは眼を閉じたまま、なんにも答えなかった。そして、しばらくしてから、独《ひと》り言《ごと》に呟《つぶや》いた。
「あのがきも、生きでるうぢは、楽など出来めえ、牛馬のように……」
言葉は、涙に遮《さえぎ》られて、低く語尾を引いた。
こうは言ったが、お婆さんは、お美代の身の上を哀れに思うよりも、お美代を失った自分の身の、死期までの寂しさ、すべての不自由を思わずにはいられなかった。
[#地から2字上げ]――昭和二年(一九二七年)『随筆』二月号――
底本:「佐左木俊郎選集」英宝社
1984(昭和59)年4月14日初版発行
初出:「随筆」
1927年(昭和2)年2月号
入力:田中敬三
校正:林 幸雄
2009年3月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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