に稼がなくちゃなんめえぞ。馬も欲しいが、生命《いのち》も欲しいから、なんとも仕方ねえよ。」
 母親は哀れっぽく言うのであった。伝平は仕方なく、そのまま日傭などを続けていたが、十八の歳の早春の、農閑期の間に、彼は突然いなくなってしまった。そしてそのまま半年ばかりは、どこへ行っているのか全然わからなかったが、秋になってから、初めて、硫黄山に働いていたことがわかった。併し、伝平は、それから間もなく、栗毛の馬を一匹曳いて自分の家に帰って来た。酷《ひど》く痩せていて、尻がべっこりと凹んでいるよぼよぼの、廃馬も同様の老耄《おいぼれ》馬であった。それでもしかし、父親や母親を驚かすのには、それで十分だった。
「伝平! 汝《にし》あ、馬、買って来たのか?」
 父親は赤爛《あかただ》れの眼を無理矢理に大きく押し開けながら言った。
「金持って帰《けえ》んべと思っていだども、あんまり安かったで、買って来たはあ。お父《ど》う! この馬は、こんで、何円ぐらいに見《め》えるべ?」
「それさ。併し、幾ら安くたって、生きてる馬だもの、十円か十五円は出さねえじゃ……」
「十円か十五円? 何か言ってんだか! お父う等は、馬の、値段も知らねえんだなあ。この馬だって、普通なら、五十円か六十円はするのだぞ。三十円だっていうから、俺、安いと思って買って来たのだ。」
「三十円? こんな痩馬がか?」
「何か言ってんだか! 痩馬だって、骨まで痩せてるわけじゃあるめえし、飼料《もの》せえちゃんと食わせりゃあ、今にゴムマリのようになっから見てろ。肥えてる馬なんかなら、誰が、買ってくっかえ。面白くもねえ。」
「そりゃあ、生きてる馬だから、肥《こえ》っかも知んねえが、それにしても、骨と皮ばかりでねえか? 俺なら、こんな痩馬さ、三十円は出したくねえなあ。余ってる金でもある時で、十円ぐらいなら、買うかも知れねえども。」
「伝平は、本当に、なんて無考えなことをしんだか。三十円もあったら、ふんとにどんだけ楽だかわかんねえのにさ。馬なんか買って来たって、どこさも、置くとこもねえじゃねえか?」
 母親もそう不平がましく呟《つぶや》いた。
「お母《が》あ! 銭《ぜに》なら、まだ残ってるのだぞ。」
 伝平はそう言いながら、胴巻きの中から蟇口《がまぐち》を取り出して、母親の前へぽんと投げ出した。蟇口の中には、まだ二十何円かの金が残っているのだ
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