操三郎は、山茶花の樹の下から、平三爺の寝ている部屋の前の方へ歩いて行った。長作は、手をかけてまで引き止めるわけに行かないので、ただ、その男の後に跟《つ》いて行った。長作にしては、その一本の山茶花よりも、稲扱き機械の方を欲しいのは勿論だった。しかし長作は、父親の気持ちをないがしろにしてまでは望み得なかった。
「此方《こっつ》の家の爺つあま。病気はどうでがす?」
平三爺は、なんとなく、聞き覚えのある声のように思って、寝床の上に腹這いになった。
「ね、此方《こっつ》の家の爺つあま。――」と操三郎は、縁側へ長くなり、顔を障子の側まで持って行った。その二度目の声で、平三爺は、稲扱き機械を売って歩く、町の操三郎だということがわかった。
「爺つあん!」と長作が、そこの障子を開けた。
「ね、此方の家の爺つあま。」操三郎は縁側へ腹這いになって、平三爺に話しかけた。「機械一台ど、どうでえす? あの山茶花の樹ど、取《と》っ換《け》えまえんか?」
「それさな?……」
平三爺は、口をもぐもぐと動かしながら、げっそりと肉の落ちた面を伏せて考え込むようにした。そして、やがてまたその窶《やつ》れ果てた血の気のない顔を上げ、伜の長作の顔に見入りながら言うのであった。
「俺はどうでもいいげっとも、長作あ?……」
「長作氏は、ほしがって、ほしがって。――一台の機械で、五人分も仕事が出来んのだから、うんとほしがっていんのだげっとも、やはり、爺つあまさの遠慮で……」と操三郎は、横から、少し渋味のある声で饒舌《しゃべ》りたてた。
長作等には、実際、稲扱き機械は強い誘惑を持たずにはいなかった。一台の機械に、二人の人間がついていれば、五人分の仕事は楽に出来る。誰にだって使える機械だし、それに、米も別段いたまないし、減りもしない。その上、仕事のあがりが大変に綺麗に行く。――こういう条件を聞いては、長作等はたまらなかった。稼手《かせぎて》が少なくて、仕事に追い立てられている長作である。口から手が出るような思いがするのも、決して無理からぬことであった。
「ほんじゃ、長作せえいいごったら、取り換《げ》えでくんつえ。」と言って、平三爺は、痩せこけた顔を枕に押し当てた。
「なあ、長作氏。ほんでは、俺んどこにあるうぢの、一番にいい機械寄越しから……」
「ほんでも爺つあん。爺つあんが、なによりの楽しみにしていだ山茶花。―
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