おもて》に現わすことを制した。その女性が、二木検事の妻と決した時も、村井は、内心の口惜しさを堪《こら》えて、二木夫妻の幸福を祝福したくらいだった。
そういう次第で、『あづま日報』が、当局の無能を攻撃する度に、二木検事は、何故か、『あづま日報』の社会部次長として、事実上社会部の実権を握っている村井に、二木検事自身が、揶揄《やゆ》されているような気がしてならないのだった。
しかるに、村井は何故、星田代二と山川牧太郎が同一人であるという、当局の鼻を明すに十分な特種をつかみながら、それを逸早く『あづま日報』紙上に掲載しなかったろうか。そして、それを、宮部京子事件の担任検事である二木検事の手柄にしようとしたのであろうか。――二木検事のような人物にとって、このような仕打は非常に大きな侮辱であること、従って、このことは、村井にとっては、恋愛に破れて以来の、深刻な紳士的復讐を意味するのだった。
「打明けて云えば、先刻《さっき》君から電話がかかって来た時、僕は君の確信ありげな主張をあざわらう気持だったが、こころみに前科調書をつくって見ると、指紋がぴったり適合するではないか。あの時、ずらかる前に、うっかり残した指紋が、奴の致命的な落度となったわけだ。それにしても、僕はまだ、君が、星田代二の素性をどうして看破したか、そのいきさつを聞いていないんだけれど、よろしかったらどうか――」
内心の侮辱を忍びつつ、これも、所謂《いわゆる》『教養階級』の虚飾的な外交辞令であった。
「そのことなら――僕ア、星田代二という探偵作家の出現当時から疑惑の眼を向けていたのだよ。君も、僕と星田が飲友達だってことを知っているだろうが、元来、僕が星田に近づいて行ったのも、なんとかして奴の尻尾をつかまえたいという遠大な志を抱いたからなんだ。しかし、彼とてしたたか者、なかなかどうして尻尾をつかませるようなへまをやるもんか。で、すっかり手を焼いてしまった僕は、幾度、その執拗な志を抛棄《ほうき》しようと思ったかわからないんだ。しかし、あの、七年前の煽情的な事件を思い出すと、投げようとする僕の中《うち》に、又、新な勇気が湧き起るのだったんだ。ところが宮部京子事件の起る三日前の晩、君もすでに知っている通り、銀座裏のカフェで飲んでいた星田と津村と僕とは、星田に脅迫状めいた手紙を書いたとおぼしき二人連の男女に会ったんだが、その
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