れにもう芸を仕込んで行く奴等は、今ごろは、もうとっくに行っているから、俺等《おれら》、何も芸しなくたって、酒と餅にゃあ大丈夫ありつけるさ。」
 万と平六とは、そして雪面の上へ長い影を引きながら、粉雪混《こゆきまじ》りの静かな西風に送られて歩いて行った。

     三

 吉田家は近郷一の素封家《そほうか》だった。そして、古風な恒例は何事も豪勢にやるのが習慣だった。殊《こと》にも今年は、当主と次女と老母と、三人の厄歳《やくどし》が重なっているので、吉田家では二日も前から歳祝いの用意をしているのであった。
 しかし、今夜は、折|悪《あ》しく、西風が少し立ったので、チャセゴ取りは少なかった。昼座敷《ひるざしき》から居残っている親戚の者を入れても、五十人とはなかった。十二畳間三座敷を通して明けひろげ、一間置きくらいに燭台を置き、激しい冷気にもかかわらず障子を取りはずして、真《ま》っ昼《ひる》間のように明るいのだが、飲み飽き食い飽きてしまったように、なんとなく白けていた。
 座敷には、祝い主達の姿もなくなって、七福神の仮装《かそう》と二、三人の泥酔者が酷《ひど》く目立っていた。
「アキの方からチャセゴに参った。」
 平六は縁先から座敷の中に呼びかけた。
「何方《どっち》から参ったと?」
 酔者が怒鳴って、他の人達も一斉に振り向いたが、その中から、誰かが優しく応《こた》えてくれた。
「何を持って参った?」
「銭と金とザクザク持って参った。」
「祝いの芸は?」
 平六はそこで、廊下に上がり、手拭《てぬぐ》いを鉢巻きにして、面白可笑《おもしろおか》しく手足を振りながら座敷の中へ這入《はい》って行った。万は縁先に立って座敷の中を見廻していたが、平六の出鱈目《でたらめ》な踊りが手を叩かれている隙《すき》に、七福神の仮装の福禄寿が銀の杯《さかずき》を取って仮装のための夜着の袖《そで》の中へ持ち込んだ。万は(野郎! 先手を打っていやがる……)と思って眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。
 平六の出鱈目な踊りは、酷《ひど》く受けてしまった。一同は平六から眼を離さなかった。その中で万だけは、仮装の福禄寿の方を視詰《みつ》め続けていた。すると福禄寿は、またも銀の杯を袖の中に持ち込んだ。その時ちょうど誰かが、万の方に声をかけた。
「次に続く太夫《たゆう》の芸は?」
「はっ
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