と運動場のほうの窓に、吉川先生が洋服をかけていかれたのです。それから間もなく、鈴木先生が教室に入ってきて、その洋服のポケットの中を探りました。そして、中のものをご自分の懐の中に押し込みました。わたしは目が眩《くら》むほど驚きました。わたしのいちばん好きな、いちばん尊敬している鈴木先生が、そんなことをするのですから。どうぞ、だれにも話さないでください。鈴木先生は悪い方ではありません。きっとあの時、魔とかいうものがさしたのに相違ありませんから。
午後の授業が始まると、すぐに蟇口がなくなったという騒ぎが始まりました。すると、鈴木先生はご自分がその蟇口を持っているのに、生徒のわたしたちに拾った人はないかと訊くのです。わたしはこの世の中で、わたしがいちばん偉い方だと思っている、わたしのいちばん好きな鈴木先生がそんなことをなさるので、驚いて目が眩んで倒れてしまいました。するとみなさんは、わたしがその蟇口を持っているからだと思ったのです。どうしてわたしをあの時、裸にしてみてくれなかったのでしょうか。
それからのことは、だいたいお父さまもご存じのはずです。みなさんでわたしを責めはじめました。鈴木先生は悪い方ではないのですが、ご自分でとっていることを言いそびれてしまったものですから、どうかして隠そうとなさったに相違ありません。わたし、鈴木先生がとったのだと分かることが怖くて、わたしがとったことにしておいてもらいたかったのです。わたしはそれでも大して困りません。けれどももし鈴木先生と分かったら、世の中がどんなことになるか分かりません。
鈴木先生の下宿へまいりましてから、鈴木先生とわたしとは毎日泣いて暮らしました。鈴木先生はいろいろの事情で、ご自分がとったことを白状することがおできにならないのですけど、そのために、わたしがとったと思われるのをかわいそうに思って、先生とわたしとは話もしないで毎日泣いて暮らしたのです。
お父さま、それではお願いですから、鈴木先生がそれをとったということはだれにも話さないでください。そして、お父さまだけがわたしがとったのではないことを思っていてください。鈴木先生がとったことが分かれば大変なことになるのですけれど、わたしがとったことにしておけば、わたしは子供ですからそのまま何事もなく済むと思います。どうぞお願いします。
わたしはこれから地下のお母さまの
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