の浮気で、やれどこの細君と関係しているとか、やれ小学校の女教員に、いくらいくらする掛け物をやったとか、一晩中そんな類の話を、幾晩も幾晩も繰り返していた。
私達には、貼り紙おば[#「おば」に傍点]の頬の丸い貼り紙が、珍しくもあり不思議でもあった。そして私達まで、彼女を真似て、丸い紙を頬に貼り付けたものだが、私は或る晩、彼女が風呂から出て来た時、彼女の頬に、穴があいているのを見つけた。
彼女は、また、ふところから、ただの半紙を出して、爪で丸く切って頬に貼った。私には、今度は、その穴が不思議になった。女が、戦争に行って、鉄砲でうたれたのでもあるまいのに?…
「お父つあん。あのおば[#「おば」に傍点]さまの、頬《ほっぺた》の穴は、なにしたのだべ?」
私は彼女の帰った後で、父に訊いた。
「あれか? あれはな、あのおば[#「おば」に傍点]さまは、黙っていられねえ性分だとや。そいつを、いつだか、黙ってねけなんねえごとがあって、饒舌《しゃべ》ったくって饒舌ったくってなんねえのを、耐《これ》えてこれえていだら、話がたまって、頬《ほっぺた》が打裂《ぶっちあ》けてしまったのだとや。」
みんなは笑った。私も父が私を調戯《からか》ったことだけは判ったが、貼り紙おば[#「おば」に傍点]が、焼和尚から引き受けた梅毒のために、そうなったことを知ったのは、それから暫くの後のことだ。
焼和尚は、女を好きなばかりでなく、絵画や彫刻や陶器類が好きで、彫り物師とか画家とかいえば、どんな身窄《みすぼ》らしい姿をした、乞食のような漂泊《さすらい》の者でも、きっと、幾日でも泊めてやったものだ。そしてその代償として、彫刻師には彫刻をしてもらい、画家には絵を描いてもらったのである。
或る晩秋の夕暮れに、一人の年寄りが、寺を頼寄《たよ》って来た。
その日は、ひどく冷たい北風が吹き荒《すさ》んで、公孫樹《いちょう》の落ち葉や欅《けやき》の落ち葉が、雀の群れかなんぞのように、高く高く吹き上げられていた。それなのに老人は、汚れた縞の袷《あわせ》から、垢染みたシャツの袖を覗《のぞ》かせて、寒さに顫《ふる》えていた。そしてその老人は、お伽噺《おとぎばなし》の中にでも出て来る老人のように、長い白い頤髯《あごひげ》を持っていた。頭はつるつるに禿げあがっていた。
私達は五六人で、本の頁にはさむ公孫樹の葉を拾っていたのだ
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