佐平はこう言って滅多《めった》に下げたことの無い頭を下げて頼んだ。自分の見透している藤沢の秘密な計畫を、みんな話してやる積《つ》もりだった。
「証人だと? おまえを証人に立てたら、どんな嘘を言うかわからんじゃないか。嘘つきの名人を、証人に立てるわけにはいかんな。」
「じゃ誰か他の人でも……」
「自首して出た者に証人がいるか。そんなことは後のことだ。――さあ、じゃ、その毛皮を背負って。」
巡査は藤沢を促してそこを立ち去った。
*
藤沢の罪科は過失致死罪だった。罰金刑で済んだ。そして吾亮の遺族である雄吾とその母とは藤沢の許《もと》に引き取られた。
「いいえ、そうまでして頂かなくも、私は東京へ帰ります。東京へ帰ったら、なんとかして食べて行けないことは無いでしょうから。」
こう吾亮の妻は言った。併し藤沢は、その以前から五六人の作男を使って自分も耕作をやっていたので、その人達のための炊事をしたり、自分の身辺の世話をしてくれる婦人を必要としていた。今までは開墾小屋から、百姓女が通って来てくれていたが、吾亮の妻にその役をしてほしいと言うのだった。
「そうでもしてもらわないと、私も気が済みませんからね。給金は、今までの倍にしますわ。」
藤沢が無理にそう言うので、雄吾を伴れて彼の母は、開墾小屋から事務所に移って行った。同時に藤沢は札幌へ引き上げて行った。彼女は啜り泣きの日の多い侘《わび》しい冬を送った。
翌年の春。藤沢は例年よりも早く開墾地に出て来た。そしてその夏中を、雄吾の母は、藤沢と一緒に事務所で寝起きをしなければならなかった。もちろん雄吾も一緒ではあったが、五六人の作男は、以前から他の建物に寝起きをしているのだった。
藤沢は、その年はどういうものか、ひどく躁《はしゃ》いでいた。何事にも活溌だった。秋になると、貸し付けてあった食糧費をぴしぴしと取り立てた。そして、今年からはいよいよ小作料をも取り立てると提言して、それの実行に取り掛かった。
「小作料をね? この土地は、開墾すれば頂戴できる筈じゃなかったんですかね。」
佐平はこう呆《あき》れた者の調子で言った。
「冗談じゃねえ。この土地だって資本金《もとで》が掛かってんですぜ。」
「じゃ、道庁から直接もらって開墾するんだったな。今頃は自分のものになってたのに……」
こう佐平は言って見たが、それは既に遅
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