近していった。
紀久子はベッドの上に上半身を起こして、顫え戦きながら眉《まゆ》を寄せていたが、正勝が蔦代の右手を振り上げて近寄るにつれ、静かに静かにベッドから滑り下りた。
「紀久ちゃん! そのままでいてくれ。蔦が短刀で斬りつけたようにするから、そこへ寄っていくまでは動かねえでいてくれ」
そして、正勝は接近していった。紀久子は眉を寄せながらも、そのままじっとしていた。紀久子のベッドへもはや三尺(約一メートル)ばかりのところで、正勝は蔦代の手の中の短刀をひと振り強く紀久子に向けて振りかざした。
「あっ!」
紀久子は低声で叫んでベッドの上からぱっと床の上に飛び下りたが、その瞬間に、短刀から飛んだ血糊は紀久子の寝巻の肩へ、牡丹《ぼたん》の花の模様のように広がった。そして、蔦代の手の余勢はベッドの夜具の上にばたりと落ちた。同時に、血糊は夜具の上にも赤黒い模様を描いた。
「紀久ちゃん! 今度は逃げてくれ!」
正勝は蔦代の手を取って振り上げさせながら、紀久子を促した。
「この部屋をひと回り逃げ回って、それから次の部屋へ逃げ込んでくれ」
正勝はそして、蔦代の死骸をその後ろから抱き、蔦代の足が
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