正勝は叫んだ。紀久子は仕方なく土手の陰へ遠退《とおの》いた。そこへ松吉が走ってきた。
「怪我はねえか?」
 松吉はすぐ浪岡の身体《からだ》を調べた。
「あっ! 膝をやられてる」
 浪岡の膝からは赤黒い血がどくどくと湧《わ》いて、蹄《ひづめ》の上に流れていた。
「血管が切れたんだな?」
 その出血はだいぶひどかった。浪岡がぽこぽこと歩くにつれて、蹄の跡が幾つも幾つも赤黒く路面に残った。
「しかし、血管が切れただけで大したことはねえなあ」
「ないとも」
「しかし、あんまり出血させちゃ悪かんべなあ」
 松吉は首に巻いてある手拭《てぬぐ》いを取って、浪岡の膝を縛ろうとした。しかし、驚き切っている浪岡はその身近くに人を寄せようとはしなかった。
「畜生! 縛ってやろうというのに!」
「なんとかして、早く血を止めねえといけねえだろうがなあ」
「とにかく、ここじゃあ仕様がねえから、厩舎まで曳っ張っていこう」
 平吾は浪岡を曳き、正勝は花房を曳いて、厩舎のほうへ歩きだした。浪岡の膝からはひどく血が流れた。その足跡には赤黒く血が溜《た》まった。
「たわけめ! なんて間の抜けたことをしやがるんだ? たわ
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