きから婚約があるんだ」
 正勝は微笑《ほほえ》みながら言って、急に紀久子の唇を求めようとした。
「ここじゃ駄目だわ。あちらへ行きましょう」
 紀久子は微笑をもって優しく言った。
「あちらってどこだい?」
「わたしの部屋へ……」
 紀久子はそう言って、遺書を懐にしながら自分の寝室のほうへ正勝を伴った。

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 寝室へ入ると、正勝はすぐまた紀久子の後ろへ手を回して、彼女のわなわなと顫えている赤い唇を求めようとした。
「待ってらっしゃいよ。わたし、着物を着替えてくるわ」
 紀久子はそう言って、正勝の顔を自分の顔の上から除《の》けた。
「着物を着替えてくるって」
「だって! あなたはベッドで寝て待ってらっしゃいよ。すぐだから」
「それじゃ……」
 正勝はすぐベッドへ行って横になった。
「おれたちの世界がようやく来たんだ。おれと紀久ちゃんとの世界が来たんだ。だれももう、おれたちの愛に干渉する者は一人もねえんだ」
 正勝は仰向《あおむ》きになって、独り言のように言った。
「すぐだからね」
 紀久子は微笑みながら優しく言って、部屋を出ていった。

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 寝室を出ると、
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