どこにも見えなかった。
「開墾場のほうへ行ったのかな?」
 敬二郎はそう考えて、四角なコンクリートの正門から道路のほうへ出ていった。ちょうどそこへ、正勝が急ぎ足に寄ってきた。しかし、正勝は敬二郎の姿を見ると急に立ち止まった。
「敬二郎くん! 何を昂奮《こうふん》しているんだえ?」
 正勝は目を瞠って言った。
「熊《くま》が出たんだよ。楡《にれ》の木の上の林から放牧場のほうへ、のそのそと出てくるのがはっきりと見えたんだ。一緒に行ってくれないかね」
 敬二郎は胸を弾ませながら言った。
「熊が? それじゃ、おれたちばかりでなく、大勢で行こう」
「ぼくときみだけで沢山だよ」
「それより、きみはおれの電報を預かってるはずだな? いまそこで配達夫がそう言っていたが……」
「熊が出たんで、電報のことなんか忘れてしまっていた」
 敬二郎は狼狽《ろうばい》しながら電報を取り出した。
「紀久ちゃんからだろう?」
 正勝はそう言って、すぐその電報を広げた。
「おっ! 無罪に決定! 無罪に決定! 無罪ということにいよいよ決定したんだ。無罪に決定! 無罪に決定! 無罪に……」
 正勝はそう叫びながら、電報をひら
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