はり口を開こうとはしなかった。そして、彼は鞭《むち》を振り振り不気味に微笑みながら、厩舎《うまや》の前を歩き回った。厩舎の前は泥濘《でいねい》の凸凹のまま、まったく凍ってしまった。コンクリートのように硬くなっていた。正勝は鞭を振り振り、蹄鉄《ていてつ》の跡のその硬い凸凹を蹴崩《けくず》した。その動作につれ、森谷牧場主森谷喜平の遺品の高価な鞭は陽《ひ》にきらめきながら、ぴゅうぴゅうと鳴った。
「そして、その鞭なんかだって、勝手に持ち出したりしていいのかい?」
 敬二郎の言葉はしだいに辛辣《しんらつ》になっていった。
(馬鹿野郎《ばかやろう》め! 自分の足下が崩れかけているのも知らずに、偉そうなことばかり喚《わめ》き立てていやがる)
 正勝はそう思いながらも、微笑を含んで黙りつづけた。
「五日も前に帰ってきているというのに、ぼくには会わないように会わないようにとしているし、せっかくここで会ったからと思って裁判の模様を訊《き》きゃあまったく口も利かず、わずか十日ばかりの間になんて変わり方だ。まったく驚いてしまうなあ!」
「驚くこたあねえさ! 変わるのはおればかりじゃねえんだ。いまにきみだって、おれ以上に変わるさ」
「おっ! 口が利けなくなって帰ってきたのかと思ったら、そういうわけでもないんだな?」
「おりゃあ、悪魔になってきた」
「悪魔に? それは面白いね」
 敬二郎は侮蔑的な微笑をもって言った。
「面白いことになるだろうとも。面白くて面白くて、涙が出るほど面白いことになるだろうから、待っているといいさ」
 正勝は投げ出すように言って、厩舎の前から放牧場のほうへ向けて歩きだした。
「正勝くん! きみはいま、ぼくのうえにも大変な変化があるようなことを予言したね。いったい、それはどんな意味なんだ?」
 敬二郎はそう言いながら正勝の後をついていった。しかし、正勝は黙っていた。黙々として正勝は鞭を振りながら、放牧場のほうへ歩いていった。
「正勝くん! どんな意味なのかはっきりと言わなくちゃ、何のことだか分からないじゃないか?」
「いまに分かるさ」
「いまに分かるって?」
「分るまいとしたって、いまに分からずにはいられなくなるのさ」
「何をいいかげんなことばかり言っているんだ」
 敬二郎は自暴自棄的に叫んだ。
「そんな風に考えてるうちが幸福なのさ。いまに、夢にもそんなことは考えられ
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