、項垂《うなだ》れながら軽く会釈した。
「いったい、どうしたというんだね? あなたのお父さんを殺しておいてから、あなたまで殺そうとしたんだね?」
巡査はストーブに寄って椅子《いす》にかけながら訊いた。
「はい、わたしが気のついたのは、蔦代が父を殺してしまったあとだったのでございます。父の唸り声で目を覚まして、蔦代が父の胸から短刀を抜いているのをわたしが見てしまったものですから、蔦代は急にわたしまでも殺してしまおうと思ったのだと思います」
「それで、あなたはすぐ、こっちから先に殺してやるという気になったんだね?」
「いいえ! その時は、どうかして逃げようと思ったのでございます。わたしが驚いて父の寝室のほうを見ていますと、蔦代は短刀を振り上げてわたしのほうへ飛びかかってきたものですから、わたしはすぐ逃げだしたのでございます。それでも、肩のところへ蔦代の短刀を握っている手が触れて、血糊がついたのですけど、わたしはできることならどうかして逃げようと思いまして、この部屋まで逃げてきたのですけど、ここまで来てもう逃げ切れなくなったものですから、鉄砲を取って逆に蔦代を威《おど》かそうとしたのでございます。そして、わたしはその時も、別に殺そうという気持ちはなかったのですけど……」
「しかし、鉄砲に弾丸が込まっていたことは前から知っていたんだろうがなあ」
「いいえ! わたしはここにかけてある鉄砲はみんな飾物としてかけてあるので、弾丸など込まっていないように思っていたのでございます」
「また、いろいろの鉄砲があるんだなあ。ほう! 刀も……」
巡査はそう言って、そこの壁にかけられてある鉄砲や刀のうえに目を持っていった。
「ですから、わたしは鉄砲で蔦代の胸の辺りを突いて、蔦代を威かしてやろうと思ったのでございます。それなのに……それなのに……」
紀久子はそう言って、涙ぐんだ。
「しかし、引金は引いたんだろう?」
「わたしは引いたような気もしなかったんですけど、やはり……」
「それじゃ、正当防衛としての殺人というよりは過失としての殺人で、どっちにしてもあなたには罪がないわけだ。しかし、一応は本署の調べも受け、裁判も受けなくちゃならんかもしれんね。そしてその時には、おれとだれか、この牧場のだれかが証人というわけになるだろうと思うが、いったい、いちばん先にこの現場を目撃したのはだれかね?」
前へ
次へ
全84ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング