屋にかかっていることになっているんだから」
「正勝ちゃん!」
紀久子は低声ながら、叫ぶようにして言った。
「紀久ちゃん! 大きな声をしちゃいけねえ!」
正勝は押しつけるように鋭く言った。
「わたしを助けて……」
「おれの言っているのが分からないのか? おれは自分のためにばかりやっているのじゃねえんだ。いいか、蔦代が殺したことにして、蔦代がそのうえに紀久ちゃんまで殺そうとして追い回したから、紀久ちゃんは鉄砲のある部屋へ逃げていって、そこに弾丸を込めたままかけてある鉄砲を取って思わず撃ってしまったことにすれば、それでいいんだ。それで紀久ちゃんは立派な正当防衛になって、罪にはならねえから」
「…………」
「紀久ちゃん! 分かったかい?」
「え!」
紀久子は微かに頷《うなず》いた。
「それじゃ、こ、こ、これからおれがその準備をするから、支度が出来上がるまで、紀久ちゃんは動いちゃいけねえ。支度ができてから、その寝巻のままで起きて、隣の部屋へ行って鉄砲を撃つんだよ。そして、そこに、みんなが、鉄砲の音を聞いて集まってくるまで、じっとして立ってれば、それで何もかも済むのだ。いいか? それで分かったな?」
「え!」
紀久子は軽く頷いた。
「それじゃ、おれが支度するまで、寝ていてくれ」
正勝がそして静かに、抜き足をして部屋を出ていった。
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第四章
1
暗黒の中に、不気味な沈黙がしばらく続いた。死のような夜更けの酷寒に締めつけられて凍《し》み割れる木材の鳴き声が、冷気を伴ってときどきぴゅんぴゅんと微《かす》かに聞こえてくるだけだった。そして、紀久子は泥沼の底のような不気味な沈黙の中に、歯の根も合わないまでに顫《ふる》え戦《おのの》いていた。
やがて、正勝は蔦代の死骸《しがい》を抱えて入ってきた。そして、正勝は薄い電灯の下に二つの影を引きながら、蔦代の死骸を喜平の死骸の傍《そば》へ持っていった。
「紀久ちゃん!」
正勝は低声《こごえ》にそう呼びながら、蔦代の死骸を喜平の死骸の横に並べた。
「紀久ちゃん! こっちの段取りが終わるまで、紀久ちゃんは寝床の中へ入っていてくれ」
しかし、紀久子はほとんど意識を失っているように、ただわなわなと身を顫わしているばかりだった。
「紀久ちゃん! 寝床の中へ入っていてくれ。でないと、段取りができないか
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