踊って見せないか?」
「わたしの踊りなんか駄目だわ。それに着物がこれでは……」
「構わないさ。簡単でいいから、何か踊って見せてくれよ」
「できないんだけど……」
紀久子は微笑を含んでそう言いながらも、手を振り足を上げながら静かに踊りだした。開墾地の人たちは何事も忘れて、呆気に取られてそれを眺めていた。彼らは夢を見るようにして、そこに展開された思いがけぬ空気に驚異と喜悦との目を瞠っているのだった。
「これでもういいでしょう?」
紀久子は恥ずかしくてならないように、顔を真っ赤にして言った。
「ありがとう! それじゃ、帰ろうか?」
「帰りましょう。平吾を寒いところに待たしておいちゃ、かわいそうだから」
正勝と紀久子とは揃《そろ》って席を立った。
「正勝さん! おれらは本当に、あなたさまを神さまのように思っているでがすよ」
「お嬢さま! あなたさまも、ぜひとも正勝さんと一緒になってくだせえましよ。おれらのお願いですから」
開墾地の人たちはそんなことを言いながら、正勝と紀久子とを戸口へ送っていった。
5
開墾地の人たちは炉端へ戻ると、互いにその赤い顔を見合わせた。
「どうも、お嬢さまは少し気が変になっているようじゃねえかな?」
喜代治が低声に言った。
「それさよ。いくらなんでも、森谷家のお嬢さまが正勝の手紙一本で大金を持って駆けつけてきたり……」
「酒を飲んで踊りを踊るなんて、気がどうかしていなけりゃ……」
「正勝さんが偉いからだよ。それで、正勝さんの言うことなら、お嬢さまはなんでも聞くのだよ」
吾助爺がぼっそりと言った。
「しかし、正勝さんも少し気がどうかしているのじゃないかなあ。理由《わけ》もなく他人さ大金を分けてくれたりしてさ」
与三爺が目を瞠りながら言った。
「気が変になったのじゃなくて、おれらを騙《だま》すつもりじゃねえのか? 金をくれておいて、何か問題でも起きたときにおれたちを味方にするとかなんとか……」
「そんなことはねえ。お嬢さまは自分の親御は殺されるし、自分は過って他人を殺したので、気が変になったのさ。正勝さんだって、妹があんなことになったんだから、やっぱり気が少しどうかしたんだよ」
初三郎爺が水洟《みずばな》を押し拭いながら言った。
「どうも、少し変だなあ。正勝さんと紀久子さんとは、自分たちは一緒になりてえんだが、親父《
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