喜代治が言った。
「夢中になっているかどうか知らねえが、おれが手紙をやれば紀久ちゃんは自分で持ってきてくれる。紀久ちゃんはもう、おれの言うことならなんだって聞くんだから」
「それじゃ、お嬢さまは敬二郎さんがいやになって、正勝さんと一緒になるつもりでねえのかね?」
 彦助爺が言った。
「そんなことはおれの知ったことじゃねえ。論より証拠だ、とにかく、持ってくるか持ってこねえか、見ていれば分かるさ」
「いったい、その手紙っての、どんな風に書くんだね?」
 喜代治がそう言ってテーブルの上の白樺の皮を覗き込むと、開墾地の人たちはいっせいに炉端を離れて、テーブルの周囲を囲んだ。
「手紙か? 普通の手紙だよ。まず――拝啓と書いてな」
 正勝はその文句を言いながら顫《ふる》える指先を固く握り締めて、白樺の皮の上へ無造作に書きはじめた。
「それから――ただいま吾助茶屋にて金子入用のこと相起こり申し候――ということにして。そして――はなはだ恐縮ながら――とまあ、少し敬意を表しておいて、そして――さっそく五百円ばかりご用意なされ、おまえさまご自身にてお越しくだされたく候――。爺さん! これをだれかに持たせてやってくれないか?」
 正勝はそう言って、吾助爺のほうへ声をかけた。吾助爺はすると、盆に徳利を載せて炉端のテーブルへ寄ってきた。正勝は白樺の皮をくるくるとするめ[#「するめ」に傍点]のように巻いて爺に渡した。
「それじゃ、ひとつみんなで飲もうじゃねえか。紀久ちゃんが金を持ってくるかこねえか、酒でも飲みながら待ってみてくれよ」
 正勝はそう言って、盃《さかずき》に酒を注《つ》いで回った。
「正勝さん! それじゃ遠慮なく頂きますが、この酒はまあ前祝いのようなもんでがすね」
 喜代治爺は微笑を含みながら言って、盃を取った。

       4

 開墾地の人たちは茶呑茶碗《ちゃのみぢゃわん》で、酒をぐびりぐびりと呷《あお》った。彼らはそれですぐ酔っ払った。酷《ひど》く酔いが回ってくると、彼らは立ち上がって踊りだした。そして、徳利を叩《たた》き、卓を叩いて歌いだした。
 突然その時、戸口が開いた。彼らは驚きをもって戸口のほうを振り向いた。戸口からは、紀久子が静かに入ってきた。
「紀久ちゃんか?」
 正勝は微笑を含んで立ち上がった。開墾地の人たちは急に黙りだした。紀久子は羞恥《しゅうち》の表情
前へ 次へ
全84ページ中72ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング