んだから出してくれないかなあ」
敬二郎は言葉を和らげて言った。
「用事? 何の用事だ?」
正勝はそう叫びながら、鉄砲を構えて路上へ出てきた。
「正勝くん! きみはどうして逃げたりなんかするのかね?」
「用事を聞こう?」
「きみは浪岡を、どこへやったのかね?」
「そんな用事か? そんなことにゃあなにも、返事をしようとしまいとおれの勝手だ」
「正勝くん! それは少し乱暴じゃないかなあ? 落ち着いて考えてみてくれ」
「森谷家の財産は現在だれの財産でもねえんだ。宙に浮いている財産なんだ。自分のもの顔をするのはよしてくれ」
「きみは本気でそんなことを言ってるのか?」
「本気だとも。きみが紀久ちゃんと結婚して森谷家を相続したら、そん時にゃあ立派に返事をしよう」
「そんなことを言って、浪岡を見えなくでもしたらどうするんだね? 浪岡が高価な馬だってことは、きみも知っているだろうが……」
「余計な心配だよ。どこかその辺の開墾場へ逃げ込んだに相違ねえから、開墾地のだれかが森谷家への貸し分の代わりに捕まえるだろうから。開墾地の人たちゃあ、開墾の賃金をほとんど貰《もら》ってねえのだからなあ」
「無茶なことばかり言って、困るなあ」
敬二郎は溜息《ためいき》を吐《つ》くようにして言った。
「正勝!」
怒鳴りながら平吾が前へ出た。
「手出しをしてみろ!」
開墾地の人たちが肩を持ち上げながら、ぞぞぞっと歩み寄った。
ちょうどその時、そこへ一台の幌馬車《ほろばしゃ》が通りかかった。幌馬車はそこに立っている馬や人々のために進路を遮られた。敬二郎らは馬を路傍へ寄せた。開墾地の人たちも、正勝と一緒に吾助茶屋の軒下に退いた。
2
幌馬車には紀久子が乗っていた。
「敬さん! どうしたんですの?」
紀久子は馬車の上から声をかけた。彼女はその目に、馬を曳《ひ》いて路傍に避けている敬二郎らだけを捉《とら》えて、茶屋の軒下に避けて開墾地の人たちの中に交じっている正勝の姿には気がつかなかった。
「おっ! 紀久ちゃん!」
敬二郎は驚きの目を瞠りながら、馬を曳いて馬車のほうへ寄っていった。
「わたしの帰るのが分かったの?」
「こんなに早く帰るとは思わなかったんだが……」
「迎えに来てくれたの? ありがとう。では、帰りましょうか?」
紀久子は微笑をもって言った。そして、紀久子の馬車は沈黙
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